意外と荒っぽいコントラバスギター・Anthony Jacksonの謎を考える

アンソニージャクソンを語る

 

ミシェルペトルチアーニトリオに感動

 

先日、久々にペトルチアーニトリオのDVDを爆音で聴いてみたらま~感動。ペトルチアーニが素晴らしいのはもちろん、アンソニージャクソンもスティーブガッドもやばいやばい。

 

元々ビデオテープで持ってまして、特に18~19歳の頃にめっちゃくちゃ見まくっていましたが、今見てもびっくり。思わず声が出てしまう場面のオンパレード。

 

これは本当、今見てもと言うか今だからこそ気付けることが沢山あるんでしょうね。何気なくやってることのクオリティが異常に高いのなんの。「ダイナミクスのコントロール」一口にすると簡単そうですが、有り得ないほどのその幅、一瞬一瞬のレベルが凄まじすぎます。

 

わくわくしながらビデオぶっこんで見てたのも思い出である一方、冷静に考えたらテレビのスピーカーで聴いてたとか有り得ないだろって話。DVDですらクソ画質扱いの今の時代。どうせ聴くならそれなりのシステムで聴いた方が良いと痛感。

 

色々な意味で当時の自分とじゃ考えることも捉える部分も違うと気付いたのも面白かった次第。

 

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アンソニージャクソンとコントラバスギターの謎

 

そんなわけで今回の本題。率直に思ったアンソニーの印象。

 

「え!ここまでゴリゴリの音だったの!?」

 

実際にアンソニーを目の前で観た印象、フォデラのコントラを何度か試奏した印象から言っても分かってたつもりでしたが、「このトリオでこんな音出してたのか!?」ってまたあらためて驚かされました。

 

いやほんと、面白いですよね。「ジャズのピアノトリオですよ~」なんて言われたらソフトなサウンドを出すことに苦心しそうなところ、アンソニーはそのまんまアンソニー。

 

ラウンド弦にこだわるしベース本体にはボリュームもトーンも何もない。金属的なジャリジャリ感もそのまま出してしまうのが凄い。

 

でも不思議、そんな音が馴染んじゃうんですよね。馴染むどころか同化レベル?それを生のピアノ相手にやってしまうのだからなおさら謎。

 

普通に考えれば邪魔して浮いちゃってどうしようもなさそうなのにアンソニーのプレイとサウンドは違う。何ならグランドピアノみたいな音を自分で出しちゃうってのがとんでもない。

 

もちろん、アンソニーのタッチコントロールが卓越してるなんて言うまでもないし、ミュートして親指で弾くのも尋常じゃなく上手いのは間違いありません。コントラバスギターのPU位置や設計、材の選別、トータルの仕上がりが素晴らしいことにも疑いの余地はないでしょう。

 

しかしそれにしたってうるさい特性の全てを消せるわけではない。指と弦がこすれる音も生々しく再生。左手の押弦、右手のちょっとしたノイズも分かるレベルの特性であることに変わりはありません。どんなに綺麗にミュートしたって実音とは違う『雑音』とも呼べるものが出てしまうことは避けられない。

 

シャリシャリ、ジャリジャリ、ゴリゴリ、ビキビキ、チュイーン、ジャキーン、キュッ!ゴッ!などなど、こういう音が容赦なく入ってることを確認できます。ある意味、エレクトリック丸出しとも言えそうです。

 

それがなぜ許されるのか?アコースティックに馴染むのか?感動までさせられのか?アンソニーらしさにまで昇華できるのか?本当に一体全体どうなってるのか?

 

同じ楽器使って同じようなタッチを真似しても到底良く聴こえるとは思えません。その卓越したオリジナリティ、研ぎ澄まされた感覚に脱帽。

 

我々は弦の生の音を恐れすぎなのだろうか?

 

普通なら尻込みしてしまう、不快感すら覚えてしまいそうな高難度の特性。金属的、電気的な響き。それを自在に操るアンソニージャクソンはやっぱり偉大な存在だと尊敬を超えて畏怖するものすら感じてしまいます。

 

一方、その特性だけを考えると、激しく歪ませたサウンドや過激にブーストした音にも同じことが言えそうでもあります。軽く触れただけでもバーン!と強烈なサウンドになるピーキーな状態。ある種の似た側面を感じるところ。

 

 そんな音とアンソニーの音の何が違うかを考えてみると、

 

『丸裸感』

 

これって気がしますかね。

 

エレクトリックなんだけどアコースティック。アコースティックなんだけどエレクトリック。電気的に増幅してるのは間違いないんだけど素はそのまま生楽器。それを過剰に加工するのとはやはり違う世界にいるように思えるかなと。

 

ピアノにしても乱暴に見れば生の打楽器みたいなもの。ドラムにいたってはある意味とんでもなく原始的。アコギだってうるさいところはうるさい。テレキャスやらストラトなどエレクトリックは言うに及ばず。 シングルコイルのリアPUなんかは特に難しくきつい。

 

極論、

 

「暴走を制御してなんぼ」

 

楽器ってこういうものなのかもしれません。

 

強烈なアタックとピーク、ものっすごい複雑な倍音、わけのわからない領域の中、いかに美味しいサウンドを掴むか、不快か快感かの絶妙なラインで主張するか、そういう勝負とも言えそう。

 

「ピアノトリオ」とだけ言うと綺麗で大人しい音楽を想像してしまいそうですが、ま~、ペトルチアーニトリオはどっかんどっかんやっちゃってる部分も多い。そこがまた格好いい。

 

音がうるさいからってカットしまくっちゃったらあの迫力は出ない。コントロールが難しいからって音量を全部揃えちゃったら台無し。汚いところも綺麗なところも全部出して最強レベルで操るからこその驚きと感動であるはず。

 

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挑戦精神と刺激の固まりのアンソニージャクソン

 

ついついこう、音って心地よく綺麗な方に整えすぎてしまいがち。一聴は超ハードなメタルサウンドなようであっても保険バッチリなんてことも珍しくないんじゃないかと。

 

それをやりすぎてしまったゆえの無個性化、抜けの悪さ説得力のなさ存在感の希薄さなど、そういった面にも繋がってしまう部分もありそうです。

 

安全に整え綺麗に一定音量ってんじゃ飽きてしまうのも無理はない。単純に刺激がないし退屈になるのも仕方ない。

 

一方、ピーキーなサウンドにリスクがあるのは当然だけれど、人間って天然のリミッターが働いたり、案外慣れちゃう不思議。だったら整えすぎて逆に縛られてしまうよりは幅を持った方が良い。刺激の出し入れ、選択肢も豊富な方が人は惹き付けられるものかもしれません。

 

そういう意味じゃアンソニージャクソンって人は刺激のかたまり。考え様によってはこれ以上ないってぐらいのジャズベースプレイヤーでありロックスピリット溢れる人でもある。そのままをドカンと出して勝負できるし妥協なく己を高め続けている存在。

 

嫌われるリスク、仕事を失う恐怖、そんなものに負けずにとことんやってきたからこその熱さと魅力。オリジナルなサウンドとプレイ。 それを受け入れ昇華させるペトルチアーニとガッドにも敬服。たぶん普通じゃ拒絶して嫌がって終わり。

 

いや本当、己が道を行く、エレクトリックアコースティックの至境に辿り着くって憧れますね。どこまでもプレイヤーでありながらそんな領域を軽く超えちゃっているのがアンソニー御大。

 

妥協なさすぎのその生き方に感動してしまいます。

 

Trio in Tokyo (Live)

 

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