ベースブログ やっぱり好きがあるから続く 嫌いだけを語り続けるのは無理

好きだから続くベースとブログ

 

好きなものはいくらでも好きになって良い

 

ブログやってて本当に心底実感できたのは、

 

『ベースが好き』

 

これですね。

 

具体的にどうベースを好きなのか?

それは500記事以上あるこのブログ全部を読んでもらえば分かるでしょう。

 

と言いつつ、いいかげんで曖昧な内容ばかりではあるけれど、ベースに対する関心が薄い人間がやってるものじゃないことだけは伝わるんじゃないかと。

 

正直、嫌いなことも苦手なことも沢山語れますが、そればっかりやってるのは大して得にならんなと身に染みてきました。

 

ブログをやってみてまったく楽しくない、良い言葉も全然出てこないようだったら、その点について向き合ってみるとまた違ってくるはず。

 

・気付かない内に負の感情に関する言葉ばかりを蓄えていた

・不満やストレスの解消にばかり注力し散財もしていた

・何が好きかは曖昧になって好奇心も失せていた

 

こんな状態になってるようだったら恐ろしい。

と言うか、虚しい。

 

逆に、満たされすぎていても書けない可能性なんてのはありそうですが、それはそれで現在の満たされ具合に気付いたり、その点について書くのも面白いんじゃないかと。

 

『好き』を好きに語れってことですね。

 

嫌いについてばかり饒舌では悲しい

 

別のブログで『嫌い』について思いきり沢山ブチまけてみようとした結果、『好き』について触れている方が圧倒的に楽しいことに気付いて虚しくなってやめてしまった次第。

 

自分の好きな話というのは言うまでもなくベースの話。

ベースについて喋っている方が自分のためにも絶対良かったと。

 

日常生活でもそうですが嫌いという感情はもちろん、言葉の面においてもそれに支配されてしまっているような場合、確実に疑問を持った方がいい。

 

嫌いなことを理解しているから好きなことに没頭できるとも言えるのは確か。

実際、その嫌いなことをじっくりまとめてみたからこそ、好きなことがクリアにもなりました。

 

一方、その肝心の好きが曖昧、ろくに語れないのはよろしくない。

言葉も表現も量も乏しくなってしまうのは問題あり。

 

好きなことに対して、

 

「理屈じゃない!」

「言葉じゃない!」

「気持ちだ!魂だ!」

 

なんて言うのも分かりますが、だったら嫌いなことについてだけ饒舌になるのは変ですよね。

良い言葉は出てこないのに、負の言葉はすらすら沢山使えてしまうのはおかしな話。

 

まぁ、八方美人に嘘くさくハッピーを語ろうとするよりは、馬鹿正直なほどに口が悪い方が個人的には分かりやすくて良い気もします。

 

でもやはり、そこに何のユーモアもユニークも存在せず、自身まで呪われてしまうぐらいにネガティブな言葉や感情に満たされてしまうのは疑問。

 

大げさでも嫌味でもなくそれは病的。

 

その不満や怒りを創作意欲に変換できるならまだしも、単なるストレスに終始したり愚痴のようなものをこぼして満足してしまうのは危険。

 

以前は出来なかった情報発信の継続とその反省

 

「月に1万もアクセスがあって驚いた」

「このまま続けば年間12万行くのかも?」

 

なんて話していたのが4月のこと。

今現在、年間のアクセスは22万を突破。

去年はもちろん、今年だけで考えても何だか凄い状況になってます。

 

基本、好き勝手に続けてるだけなのは同じですが、けっこう見てる人がいるものなんだなってのをさすがに感じるところ。

 

現在、月間で3万PVを超えているのがこのブログ。

 

このまま続くか伸びれば年間30万PVも現実的に届くのかと思うと、これまたちょっとびびってしまう話です。

 

なんと申しますか、情報についてな~んにも気を利かせず終わっていったバンドのこととか振り返ってみると、反省するものまであるような気がしてしまいます。

 

時代が違ったとか、そもそも無力だったと言えばそれまでだけど、発信する力が有るか無いかという、そこには天と地ほどの差があるものなんだろうと痛感。

 

「ベースを弾ければそれでいい!」なんてことだけを考えていた頃の自分がなんだか、ひどく幼稚に感じられてしまうから不思議。

 

このブログが大それたものでも何でもないってのは百も承知ですが、やってて良かったと心底言えるのは確かですね。

 

これは本当、実際に始めて継続してみなければ分からないことでした。

 

閉じたSNSで日記的に続けたり、発言がすぐ流れて消えてしまう呟きをするのとは、似たようでまったく異なる世界。

 

積み重ねるほどそれが形となり、現実として結果にもなる。

いつまでもバーチャルとだけは言ってられない世の中になってることを実感。

 

意味不明だろうがなんだろうが心底好きなことを発信していれば、人生に勝手に変化があらわれてくるかもしれません。

 

もちろん、良い方向にですね。

 

超今更なのがブログ だからやってみるべき

 

ブログの存在そのものについて言えばまぁ、本当に今更も今更、もう誰でも知ってるし、どうでもいいと切って捨ててしまうのも分かる話ではあります。

 

一方、それぐらい当たり前にあるものだからこそ、やったことがない人がいるなら実際に始めてみることをおすすめしたい。

 

始める敷居なんてないも同然。

無料が前提、いつ書くも自由。

自己の宣伝をするもよし、収益化してみるのもよし。

望むまま、思う存分に利用しまくるべき。

 

割と本気で言いますが、こんな都合のいいものってなかなかありません。

何が都合いいのか分からないのであれば、四の五の言わずやってみた方が早い。

 

精神論、根性論みたくなってるようですが、自分の考え方、思考を文字にしてみる作業というのは、実に豊かで大きな収穫を得られるきっかけになります。

 

三か月継続、20記事書けたとかでも恐らく、認識も感覚も変わってくるはず。

 

変な話、このブログのアクセスが増えた理由って、それぐらい世の中にベースに関する情報が少なかったり、文字として発信できている人が少ないのかと想像もしたり。

 

実際、自分が欲しい情報が世の中になかったから、読み続けようとなるものがなかったからこそ、こうしてブログをやってるってありますね。

 

「個性を出したい!」と願ったり意識しているにもかかわらず、実は好きなものは曖昧、言葉にもつまるというのではちょっと悲しい。

 

・人と同じものに疑問を抱かず喜々として使用

・良いか悪いかは実は他人の評価任せ

・値段とスペックと有名人の存在で価値を決める

 

初心者ならともかく、こんな姿勢でずっといるのは自分は抵抗があります。

 

Q. その楽器の何が好きなんだい?

A. 有名なあの人が使ってるし高級だ。

 

これじゃ寂しい。

 

そういったことに向き合う意味でも、ブログというのは面白い存在。

好きを語るもよし、嫌いについて思いきりブチまけるもよし。

 

繰り返しますが始めるならすぐ始められるし、スタートのハードル自体はめっちゃくちゃ低いのがブログの魅力。

 

機材マニアな自覚があったり、うんちくも好きな自信があるなら、それをエゴ丸出しに語りまくるのも面白い。

 

「機材なんかどうでもいいわ!」なんて主張やこだわりがあれば、それだって興味深いですよね。

 

・タッチを追及してるがゆえの結論なのか?

・どの楽器を弾いても独自のサウンドになる自信のあらわれなのか?

・だとしたら何故その独自のサウンドが生まれるのか?

・どうしたらそんなオリジナリティが手に入るのか?

・楽器に左右されない根本の強さとは何なのか?

 

こんなことについて思う存分に語れる人がいても魅力的。

 

「鍛えたから!」で終わらせず何をどう鍛えていったのか、意識していたことは何だったのか、そこまで徹底的に分析できて話せる人がいるなら情報として非常にありがたい。

 

好きなものについて思う存分に語ってみるのは、素直に楽しく幸福なことでもあります。

 

「好きは語れず・・」

「嫌いは饒舌!!」

 

綺麗な言葉ばかりを並べるのは自分も苦手ですが、これでは人生としてあまりよろしくないでしょう。

 

好きなことを好きなように言葉にできるから面白いのがブログの魅力。 

ハマればこんなに遊べるものもありません。

 

何度だって言ってしまいます。

 

www.pompombass.com

 

www.pompombass.com

 

www.pompombass.com