縦振動のタッチの研究 (41) 三次元から一次元への凝縮

縦振動のタッチ (41)

 

 

まずは実験動画

 

爪楊枝で太い音を出せるか?

 

誰でも知ってるあの細い爪楊枝。

あれの柄の部分でも弦が振動さえすれば音は太くなるのではないか?

そんな興味が湧き、ちょっと実験してみました。

 

意識すべきことは力の一点集中。

方向が悪ければ弦の丸みですぐ滑ってしまいます。

 

『弦の真芯』とでも言いますかね?

 

それを捉えて垂直に圧力をかけることが重要。

その後、今度は丸みを利用してすみやかに弦を振動させるように。

 

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割り箸で太い音を出せるか?

 

爪楊枝の次は割り箸。

どこでも見かける何の変哲もないあれ。

 

楊枝でなんとかなるんだから、こっちは感覚的に遥かに楽です。

そこまで集中せずとも、垂直に押しこむ事が可能。

 

逆に力を入れ過ぎてしまう、押しこみすぎてしまうぐらいかもしれません。

 

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小指を通すだけで太い音を出せるか?

 

今度は自分の指。

人差し指ではつまらないので小指。

 

それもアポヤンドではなく、本当にただ通すだけ。

指が抜ける方向も低音弦側ではなく高音弦側です。

 

「小指でも太い音は出せる」というのは以前から言っていた通り。

それをさらに不利な条件、なるべく要素を弦振動だけに絞ってみようという試みですね。

 

小指を立てていて気持ち悪いですが、音は確実に変化します。

 

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人差し指でも中指でも弾き方が悪ければ音は細くなる

 

弦が全然振動しない弾き方、力が伝わってない弾き方の場合、どの指でも関係なく音は細く頼りなくなってしまうもの。

 

『脱力』という言葉をよく聞くようになった昨今、無闇な精神論、根性論が疑問視されているのは素晴らしい傾向だと感じます。

 

一方、とにかく貧弱を目指すような方向へ行ってしまうようだと、それは誤った認識、勘違いなんじゃないかと思うところ。

 

・力をより強く自由に使う為

・効率よく確実に働かせる為

 

これを目指してこそ、そこに意味が生まれるはず。

 

瞬間的な処理が求められるのが演奏。

ゆっくりじっくり構えてる暇なんてないのも厳しい現実。

だからこそ、もっと力を上手に使うべきなのではないかと考える次第。

 

意識してみれば、爪楊枝でも小指の先だけでも音を太くすることは可能。

 

実用性皆無の馬鹿馬鹿しい実験なのは間違いない一方、手が小さくても力が弱くても、音を自由に変えられるのは間違いない事実。

 

力の入れ方と方向を意識すると世界が変わります。

 

弦振動を360度から絞っていく

 

前置きが長くなりましたが、ここからが本題。

 

言葉にするといかにも難しそうな今回のテーマ。

一方、やるべきことをシンプルにまとめてみると、意外と分かりやすくもなります。

 

弦というのは横、縦、斜め、実はかなり自由に動かせるもの。

それこそ、360度に動かすことも可能なんじゃないかと。

 

ここで一つ考えてみたいのは弦に圧力をかける際、

 

『必要のない角度』

 

これが存在すること。

 

太い音を出そうとするのに『上方向』に過剰に引っぱってもあまり良いことはない。

 

せっかく垂直に押しこんだとしても、最後の瞬間で横に引っぱってしまう、弦を持ち上げてしまっていては台無し。

 

弦に触れている段階と最終的な処理、その際に360度の半分、またはそれ以上を『必要のないもの』だと認識するのも面白いかもしれません。

 

極論じみているのも確か、的確な表現かも微妙。

 

スラップのプルに代表されるような奏法もありますし、表現方法としての否定、絶対の禁忌と認識する必要はまったくなし。

 

しかし、こと縦振動の実現においては、

 

『絶対悪』

 

こう認識しても差し支えないんじゃないかと。

 

・弦を押しこむ方向とは真逆なことをやってしまう。

・あらぬ方向に引っぱってPUからも遠ざける。

 

これは特殊な弾き方だと認識した方が無難。

 

独自のスタイルとサウンドにまで昇華させているならともかく、方向性を完全に誤ってしまっているようであれば、音の出し方をじっくり見直してみるべき。

 

爪楊枝でも音を太くすることができるのは、不要な角度や要素を排除しているからとも考えられます。

 

自由度がありすぎるからこそ難しい弦の鳴らし方。

 

理想のサウンドの実現のために必要な角度を絞って認識してみるのも面白い。

美味しいポイントを確実に掴み、音の要素をシンプルに凝縮する感じですね。

 

また、これというのは、『マグネットPUに対する向き合い方』とも言える部分があるんじゃないかと思います。

 

このあたりは本当、OPBなどを弾くとハッキリ分かります。

 

各弦に対してポールピースが1個しか配置されていないPU、つまりは磁界が非常に限定的と言うべきか、しっかりピンポイントで狙わないとなかなか太い音が出てきてくれません。

 

他にも、ジャズベースタイプのようなシンプルなシングルコイルのPUを鳴らすのは、やはり難しい印象。

 

出力を欲張ってない素直なものになるほど、ツボを押さえて確実に弾く必要を感じます。

 

弦の変形について考える

 

これまた正しい言葉かはなんともなテーマ。

的確な表現が難しいと言わざるを得ません。

 

ちょっと例を挙げるとしたら?

 

とりあえずいつもの通り、弦を垂直に押しこむとしましょう。

最終フレットに触れるか触れないかぐらいまで押しこむ。

 

ここから問題になるのがその

 

『弦の変形』

 

最終フレットに接触するまで押しこんだとして、そこからさらに押しこもうとすると弦が不自然にたわんだり、真っ直ぐのライン、綺麗なカーブからは違う状態になってしまいます。

 

そこからさらに力を加え、指を無理に抜いたりするように弾いた場合、ほぼ確実にバズが発生することになるはず。

 

振幅が大きすぎる、弦が暴れてしまってフレットに接触するなど、純粋な弦振動からはまた違った方向性を持つ音になります。

 

好みの問題と言えばそれまで。

実際、独特のサウンドを生み出すことが可能。

非常に力強く、荒々しいニュアンスにもなってくれるでしょう。

 

ところが、これをあまり強くやりすぎてしまうと、肝心の実音、音程感、低音は痩せてしまう傾向を感じるところ。

 

ピーキーなアタック音、倍音の方ばかりが目立ってしまい、扱いづらい音になりがち。

 

「これじゃまずい!」とEQなどでブーストしたところで、元々が暴れて潰れてしまっているんだから、それが増幅されて余計に酷いことになる場合がほとんど。

 

どうにか整えるためにコンプなどで誤魔化そうとしても結果は辛い。

肝心の部分が出てないのだから、どんどんぼやけて引っこんでいくだけ。

ありがちなパターンだと思います。

 

そう考えるとやはり、

 

『オーバーパワーによる弦のいびつな変形』

 

これを歓迎できない面も多く存在するのが現実。

表面的な力強さを演出しやすい一方、リスキーな奏法であるとも言えるんじゃないかと。

 

前述の動画の中でもバズが出ているシーンがありますが、あれは加えるべき方向を誤っているか、まさに力加減を掴めていない状態。

 

縦振動のタッチに限った話ではなく、過剰な力みによる弦の変形、暴れはなかなか厄介な問題ですね。

 

「弦の綺麗なカーブなどそもそも存在しない!」なんて意見もありそうですが、なるべく自然に元位置から動かされたのと、いびつなほどに弦がたわんでしまうのとでは、色々な意味で別物なんじゃないかと考える次第。

 

スラップなどにおいて絶大な威力を発揮するのも確かだけれど、そればかりでは表現方法としてかなり特殊、強く大きくなるほど限定的になっていく印象。

 

体格もない、体力もない、力もない。

そんな人間では厳しい領域の話にもなってきそうです。

 

三次元的な音の要素を一次元へと凝縮していく

 

どんなに綺麗に垂直に弦を押しこめたとしても、最後の最後であらぬ方向に引っぱったり暴れさせては台無し。

 

指を通過させるか抜く際、その力が勝りすぎてしまっている場合、弦を横や斜め方向に押し出してしまうことにもなりがち。

 

指が弦にベッタリくっ付いてしまうと、それだけ弦も一緒にまとわり付いてくるから厄介。

 

それこそ、指で弦を巻きこむように弾いてしまうとなると、上方向に引っぱってしまう、持ち上げてしまうことにもなりかねません。

 

素早く的確に処理しなければ、方向はいとも簡単に乱れてしまいます。

 

弦を不自然に変形させてしまえば、それだけ暴れや音痩せにも繋がってしまいますし、悪い方に出ると見せかけだけの音にもなるから難しい

 

縦振動で言えば、弦の初動を綺麗な垂直のものにしたいところですが、これの完璧な実現は本当に困難。

 

縦、横、斜め、弦の伸び、縮み、変形、様々な三次元的要素が溢れてしまい、なかなか音を凝縮していくことができない。

 

物理的に正しい認識かどうかはともかく、上記のような要素から

 

『縦』

 

これだけに特化させる、綺麗で純粋な直線を目指すというのも考え方としては面白そうです。

 

そうやって、「自分の好きな要素は何か?必要になるものは?」を把握、認識するのも一つの捉え方ではないかと。

 

その大切な部分を凝縮していってみると、何かが見えてくるはず。

 

もちろん、音を決める要素はそんな単純なものではないのは言うまでもありません。

様々な要素が複雑に絡み合うからこそ、豊かでオリジナリティにも溢れるサウンドが生まれるのだと思います。

 

一方、音の要素がごっちゃになってしまい、肝心の部分が出てこなかったり、薄くボヤけてしまうのはどうなのかと疑問も湧くところ。

 

それでこそ個性が生まれるのも否定できないけれど、大抵の場合、その『個性』を手に入れることはできず、タッチにも関心がないケースが多いように感じます。

 

結果、システムの方に依存していくことになってしまうことも珍しくないはず。

 

その対極にあるようなのがこれ。

 

『何を弾いても自分の音になる』

 

音の要素を凝縮していくからこそ、この次元にたどり着けるのではないかと想像。

 

個性をサウンドの要素だけでまとめて判断してしまうのも乱暴な話ですが、でも実際、この領域に存在してる人っていますよね。

 

一聴して誰かすぐ分かるとんでもない話。

 

それというのは絶対に真似のできない超複雑な構成、または、超シンプルに音の要素を凝縮していった結果であるのかもしれません。

 

『三次元から一次元への凝縮』というわけの分からない今回のテーマ。

あながち的外れでもないんじゃないかと考えます。

 

ちょっと卑屈に見るのであれば、理想に対して必要のないことをやってしまっている事実、これが存在しているのだとすると悔しいところでもありますよね。

 

余計なことをやりすぎてしまっているから、理想にたどり着けない。

凝縮できずにいれば、いつまで経っても散漫なまま終わってしまうという恐怖。

 

『極める』

 

この言葉のなんと遠いことか。

 

自分の音。

もっと濃密に凝縮していきたいですね。

 

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