【ベース談義】 太い音の出し方を考える (13) 倍音、ミドル好きすぎ問題

ベースが嫌いでミドルが好き?

 

なぜこんなに低音が嫌われるのか?

 

「ミドルが大事!」

 

よく言われていることですし、すごく分かる話でもあるのがこれ。

 

良いバンド、良いアンサンブルを目指すのであれば、いかにミドルを美味しくコントロールするか、それが大きな鍵になってくる。

 

バンドのために尽くす、アンサンブルの調和を良しとする意味でも、過剰で飽和した低音を出すなんてのは問題外というものかもしれません。

 

しかしだからと言って、必要以上にローを嫌うというのもどうかと思うところ。

いくら何でも軽い方に寄りすぎなんじゃないかと疑問も湧いてきます。

 

・とにかくミドルミドルとそこを重点的に考える

・スラップなどで分かりやすくアタックとハイを聴かせようとする

・ベースを弾いている人間ですら低音を嫌いカットする

・太い音を出すためのタッチも一般的ではない

 

など、あまりに低音が邪魔者扱いされるような印象を受けるのも、それを受け入れる姿勢を良しとすることにも抵抗があるわけです。

 

ベースを弾いているのに低音はカットするのが正解だと認識する、とにかく音程感を出すことを第一に考える、これってすごく寂しい話ではないでしょうか。

 

確かに、床や壁がビリビリ振動しちゃったり、ブワ~っと飽和しちゃったり、そういう状態が気持ち悪いのは分かります。

 

ブンブン言ってるだけで何やってるか分からない、ボワボワになって他の楽器の方まで侵食するなど、これが嫌われるのも遠慮したくなる気持ちも分かる。

 

でも、その場と環境づくりのために自分を犠牲にするとか、顔色ばかりをうかがうなど、それが染みつきすぎてしまうというのもちょっと悲しい話。

 

・環境に合わせて波風立てず順応すべきなのか?

・器用に世渡りしようとする姿勢が正解なのか?

 

大人な部分からあえて曲がったり捻くれてみたり、ちょっと尖がってみるのも面白いはず。

 

幼稚と言えばそうなんですが、どうもこう、ベースの音が綺麗すぎるのではないか、すっきり整いすぎてはいないだろうかと、年々、強い疑問が湧いてくる次第。

 

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ベースを弾いてるのにベースが嫌い?

 

・ベースの音って実はよく知らない分からない

・ベースを弾いてるけど低い音はあんまり認識してない

・もっともっと耳に聴こえやすいベースにしたい

 

意外と珍しくないかもしれないのがこのパターン。

でもこれは言うまでもなく寂しい話ですよね。

 

これに加えさらに、「オーディオはオカルト」とか「音が出れば何でもいい」なんて言っちゃってたら、それこそ低音のない世界になってしまいます。

 

ウワモノならともかく、ベースでその認識はまずい。 

 

たとえば、4弦(E)の音を開放で鳴らした場合、基音になる帯域は約40Hzというかなりの低音になります。

 

これについては前回も話しましたが、そこから様々な倍音を含んでいくことでベース独自、その人独自の音になるわけですね。

 

ただ、ベースの本当に低い帯域を再生するって大変です。

並のシステムじゃまずまともに出てきてくれません。

そして、それを際立たせるタッチの習得も難しい。

 

と言うことは、ベースを弾いている人間ですら実は一番の低音を認識していないことが多い、体感的ではなく耳に聴こえる低音域ばかりに気を取られるという、そんなことにもなりがちなんじゃないかと想像します。

 

低音を求めるどころか、ギターのようなプレイとサウンドを目指したり、華やかに煌びやかになろうと努力する。

 

低音は邪魔なものだと切り捨て倍音ばかりを強調する、アタックを強く出し目立たせようとするなど、そんなことも決して珍しくはないでしょう。

 

しかしそれってのはやっぱり、ベースが好きな人間としては悲しくなってくる話ですよね。

ミドルやさらに上の方で勝負しようとしすぎなんじゃないかと。

 

せっかくベースを弾いているんだから、『ベース』という楽器と『低音』に対してもっと関心を持ってもいいんじゃないかと。

 

縦振動のタッチへの疑念への疑問

 

「胡散臭い、宗教っぽい、オカルト」

 

こんなことが言われていたりもする縦振動のタッチ。

文字の世界だけで判断するならば、そう感じてしまうのも分からなくはないです。

 

でもまぁ、これを言ってしまう人というのは要するに、「低音を知らない」ってことなんだと想像します。

 

さらに加えて言うならば、

 

・弾き方で音が変わることを知らない

・フルレンジのアンプを弾いたことがない

・反応が鈍く遅い粗悪な回路しか知らない

・ベースのことを知る気もないし関心もない

 

こうも判断できるのではないかと。

 

実際に体験している、ちゃんとしたシステムを所有している人なのであれば、まず絶対と言ってよいほどにタッチコントロールを否定することはないでしょう。

 

逆にどう否定するのか、どう有り得ないと説明するのかと興味があるぐらいです。

 

もう本当、それぐらい低音への関心がない、ベースはどうでもいい楽器だと認識しているという、あまりに寂しく泣けてくる話ですよね。

 

より太い音を得ようとする、充実した低音を出そうとする、クラシックギターでは当たり前の基礎でもあるようなレベルの話が、オカルトや宗教扱いされてしまうという悪夢。

 

低音嫌いを誇りにしていたり、アンチベースなベースプレイヤーを自称、タッチにも興味がない、エフェクターが大好きで音づくりはそれが全てなど、そんな自己紹介をするのは個人的にはどうかと思うところ。

 

『ベース』を弾く人、低音が好きな人であれば、縦振動のタッチの習得は問答無用でおすすめです。

 

低い音って気持ちいいし、格好いい。

しかも、それが大きく高速に出てきてくれるのだから、こんな都合の良い話はありません。

 

もっと低音を出したい

 

現実的なことや実用性を考えれば、超低音の類とか共振するばかりの不快な帯域なんか削っちゃった方が良いし、セッティング的にもその方が早いのも確か。

 

でもなんかこう、やっぱり腑に落ちないんですよね。

 

ましてや、シャリッシャリしてたりキンキンしてたり、そういう音が美しく良いものだと強調するのは勘弁願いたいところ。

 

音がでかすぎたりその質も悪すぎたり、小さな音の作り方が下手だからそうやっておかしなことになってしまう面もあるはず。

 

そのしわ寄せで低音を削らないといけないとか、邪険にされ抹殺されるとか、そんな横暴を許していいのかとも言いたくなる。

 

耳鳴りしたり聴覚に異常をきたす音量と音質が前提、スタート地点がまず爆音にあるとか、それはもう明らかに狂ってますよね。

 

・音量を出すために音質は犠牲にする

・レンジを狭くして耳に聴こえやすい帯域を強調する

・上だけ聴こえてれば音楽はそれでいい

 

など、こんな認識は絶対におかしい。

 

爆音の魅力なんてのも確かにありますが、そればかり追い求めるのもどうかという話。

音だけでかくて中身はスカスカとか、ただ疲れるだけでしょう。

その不快な爆音のためにローカットが正義になるとか、そういうのは是非やめてほしい。

 

「他の楽器下げてもいい!」

 

「ベース出せ!」

 

世の中、それぐらいで丁度いいのかもしれません。

難聴確定とか耳栓前提とか、それがロックだと言うのも反対です。

 

ベースプレイヤーは人が良かったり話も通じる大人な方が多いとしたら、だからこそ、もっと声を上げた方がいいんじゃないかって思いますね。

 

人々がもっと低音を好きになってくれたら、必然的にベースの音も太くなっていくはず。

 

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