1フィンガーについて考える (2) アップストロークの強化を目指す

とにかく貧弱

 

ギターのように弾くならともかく、アップストロークで充実したベースサウンドを実現するというのは、困難なんてものじゃありません。

 

正直、不可能な印象さえあります。

太い音を出すにはあまりに理に適ってない。

 

しかし、そこで折れてしまっては、オルタネイト1フィンガーの実用に至れないのはもちろん、その魅力を掴むこともできなくなってしまう。

 

「いかにしてアップストロークのサウンドを強化するか?」

 

今回はそれについて考えていきたいと思います。

 

弦を持ち上げない

 

『縦振動のタッチ』『太い音の出し方』の記事の方などで触れている内容と同じく、弦の振動のさせ方がまずは重要だと考えます。

 

「アップストローク」と言うと、指を持ち上げようとイメージしたり、それに伴う動作で弦の方も持ち上げようとしてしまうかもしれません。

 

当然のことながら、それでは弦はろくに振動してくれませんし、ボディ鳴りもPUの反応も希薄なものになってしまうはず。

 

スラップのプルのようなサウンドを出すならともかく、なるべくなら通常のベースサウンドとして使いたいわけです。

にもかかわらず、弦を必死に真上に持ち上げようとしてしまうのは、矛盾か無駄な努力というものでしょう。

 

「アップ」と言いつつ、なるべく横方向や斜め方向の振動を加えることが望ましい。

 

理想を言えば、垂直に押し込み縦振動で弾きたいところですが、これまぁ、空論に挑むか、そもそも物理的にほぼ不可能なのが現実なので、そこにあまり必死になるのもちょっと違うかなと。

 

これはまた後日に触れますが、横振動をいかに拾う楽器を使うか、それも大事なポイントではないかと感じる次第。

 

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過剰な溜めはつくらない

 

強力なアップストロークを実現しようとした場合、デコピンの要領で力を溜めるのも考えるところ。

 

しかし実際には、あそこまで指を曲げたり丸めて弾くことはありませんし、そもそも、親指をストッパーとして使って力を入れることもできません。

 

休符間のその一瞬で弦に対して力を溜めるというのならともかく、16分のフレーズなどで使用するには、とにかく高速な処理が求められるのが現実。

 

力を入れようと溜めをつくるあまり、肝心の出音がスムーズに出なくなったり、繋がらなくなったり、1フィンガーならではのスピード感が損なわれてしまっては意味がない。

  

とは言えもちろん、「指を当てるだけ」という感じではまともな音は出てくれません。

 

ただでさえ、爪も当たって軽い貧弱な音になりがちなのに、加えて弦も振動しないのでは、まったく使い物になりませんよね。

 

メリットが計り知れない一方、そのシンプルさとは裏腹に難題も山積しているのが、1フィンガーという奏法の厄介さ。

 

いきなり完璧を目指してもすぐ心が折れてしまうかもしれません。

 

まずはダウンあってこそ

 

い弦をいかに効率的に弾くか?」

 

これは1フィンガーと言うより、ベースを弾く際の基本ですね。

 

指を短く丸めたり指先だけで弾こうするよりも、第三関節・指の付け根の方を動かすことを意識したり、より強い力を自然に楽に扱えるようにするのが重要。

 

逆説的になるようですが、デコピンのようなフォームと考え方でアップストロークを強化しようとする場合、ダウンの方に悪影響が出てしまうものだと感じます。

 

「指を深く折り曲げ力を溜めて解放する」

 

そうすることで確かに、アップでも太い音を出せるようにはなるかもしれませんが、その代償として肝心のダウンの方に悪影響が出てしまうのでは本末転倒。

 

まずは理想的なダウンストロークがあってこそ、実用的なアップストロークも生まれると考えます。

 

肉厚で良い指を作る

 

基本中の基本ですが、それだけに何より重要なポイントとも言えそうです。

 

人体の構造上、アップストロークではどうやっても爪が当たってしまうものですが、それでも何とか指の肉を当てられるようにしたいところ。

 

となると、これはとにかく練習を積み重ね、地道に指をつくっていくしかない。

 

まぁさすがに、爪から1cmも先に肉があるような指を実現できるとは思いませんが、弾き続けることで指の形が変わってくるというのは紛れもない事実。

 

楽器を弾くための体、演奏するための指、そういうものが確実に存在していると自分は考えます。

1フィンガーにしても何にしても、まずは体づくりが第一になるはず。

 

一朝一夕で身に付く技術だとは考えず、やはり、長い目で見ることが大切でしょう。

特殊な技術と認識するのではなく、ごく自然で当たり前な奏法にまで高めてこそですね

 

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