小室哲哉さんの引退と聞いて思い出すこと考えること

Get Wild

 

子供の頃、よくシティーハンターのアニメ(再放送?)を見ていた記憶がありますし、恐らく、同じ体験をしてる人も多いんじゃないかと想像します。

 

冴羽獠のかっこよさに痺れるのはもちろん、あのハードボイルドな雰囲気にわくわくしてた思い出。

ま~ほんと、意味もわけも分からず憧れるものがありました。

 

でもって、あのエンディングの入り方とかがまた良いんですよね。

曲とやたらと合ってたアニメーションもツボ。

エンディングなんて普通はスルーしてしまうんですが、シティーハンターは違いましたね~。

 

最初は『TM NETWORK』の名前も何も知らなかったり、ゲットワイルドもそれこそ、「獠ちゃんの歌!」みたいな認識で聴いてたような気もしますし、それぐらい溶け込んでいたなと。

 

いやほんと、再放送とかやってくれたらまた見たい!

「心が震えた時さ」って台詞が出てくる話とかめっちゃ印象的!

 

Beyond The Time

 

『逆襲のシャア』が公開されてたのって確か、自分が幼稚園児ぐらいの時だったか、それよりも以前か、そう考えるともう30年ぐらいは経ってるのかとちょっとびびりますね。

 

当然、子供が見ても内容なんかちんぷんかんぷんなんですが、それでもやたら印象に残るシーンや台詞があるのがさすがと言うか、ガンダムの魅力だよな~って感じるところ。

 

ラストのアクシズを押し返すシーンとか、やっぱり衝撃的。

「ギラ・ドーガまで!?」ですよ!?

子供心に「敵が味方になるほど大変なことが起きてる・・!」って超真剣に見てた思い出。

 

そして静寂が訪れたのち、

 

「ジャ~ン!」

 

って、ビヨンド・ザ・タイムと共にエンディングが流れるのがまた良い。

サイコフレームの光と地球、スタッフロールを眺めながらこの曲に浸るわけです。

 

子供なのでこれまた歌詞の意味なんか分かりませんでしたが、そこにまた何か憧れるものがあったんでしょうね。

 

作品だけではなく曲についても、盛り上がって盛り上がって、最後にまた静寂が訪れるという、その展開にも痺れていました。

 

「逆襲のシャアはこの曲を終わりまで聴いてこそ!」ではないかと思う次第。

 

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中学文化祭でやろうとした

 

このビヨンド・ザ・タイム、子供の時だけではなくずっと好きだった為、実はベースを始めたての中学時代、文化祭でやろうとしていたことなんかもあったり。

 

しかし、当時の先輩や兄貴に止められ、その実現には至りませんでした。

 

でもまぁ、今考えてみてもその判断に感謝するしかないところ。

だって出来るわけないですもんね。

あんなクオリティに仕上がるわけがない。

 

何の楽器が使われてるかそれも何も知らず、「やってみてぇ!」って気分だけで動いていたので、素直に従っておいて正解でした。

 

いやぁ~、ビヨンド・ザ・タイムはおすすめしないぞぉ~!?」って先輩の言葉が今でも頭の中に強烈に残ってます。

 

ひねくれ反発しだす

 

TMN時代が好きだった一方、その後については正直、良い印象がなかったのが本音。

 

「打ち込み」なんて言葉と存在を知ったのもありますし、完全にハードロック・メタル小僧にもなっていた身なので、やっぱり、これに対するアレルギーが半端じゃなかったですね。

 

色々な意味で反骨心の方が育ってしまい、まったく受け入れられない体が出来上がっていた次第。

 

でもって、「ヒット曲」とか「みんな聞いてる」というところから離れたいという、そんな幼稚な思考も手伝ったのが大きかった。

 

「グローブ良いよね!」と友達に同意を求められ、「あぁ、野球やんの?」と天然ボケをかましてしまったのも何か記憶に残ってます。

 

これは冗談でも何でもなく、本気で知らなかったんです。

それぐらい遠ざけてしまっていたし、関心もなかった。

 

崇拝までしていたぐらいのところから一気にアンチ化するみたいな、このテキトーさが何ともガキだったな~と笑ってしまう話。

 

やっぱり凄い影響力

 

でも真面目な話、「機械なんざに負けねぇ!ふざけんな!」みたいな精神を養えたのと、とにかく練習しまくってたことを考えると、これも貴重な思い出と言えるのかもしれません。

 

方向は違えど、自分も間違いなく小室さんに影響を受けた一人なんだと認識させられますね。

 

「人は人。自分は自分。」みたいな綺麗事をかかげて受け入れたり、お利口さんなだけではそうは行かなかったんじゃないかと想像。

 

あの意味不明に敵視する姿勢や熱量など、学生らしくエネルギーが有り余ってた証拠ではないかと。

 

まぁ、ご本人にもファンの人にも気分の悪い話ではあるかもしれませんが、とんでもない人であるってことはまったく否定しませんし、実際、前述のように曲も好きで尊敬してましたからね。

 

TMNの解散ライブのCDとか友達から借りてよく聴いてましたし、【Nights of The Knife】とか結構じ~んとした思い出。

 

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いつだって現実との闘いだけれど

 

子供の頃の自分に音楽に対する関心を与えてくれたり、憧れやそれに反する熱まで与えてくれた人。

そんな方が憔悴している様子を見るのはやはり、かなり辛いものがありました。

 

どんな成功を収めた人でも先はどうなるか分からない、安泰や幸福を得るどころか、より一層の困難が訪れる可能性だってあるし、人生というのは本当に大変なものだとつくづく感じます。

 

愚かな道を行くのも選択するのも結局は己であり、すべて自業自得というのも確かなのかもしれませんが、しかしそれでもせめて、音楽というのは自分を幸せにできる存在であってほしいと願う次第。

 

音楽と真剣に向き合うことは想像上に過酷ですし、綺麗事だけでは済まされない世界ですが、それにしても、人生を捧げた結果、残ったものが残酷で辛い現実というのではあまりに悲しすぎる。

 

自分の身近で言えば、神のように尊敬していた恩師が自らこの世を去ってしまったこともありますし、それで正直、もうちょっと生き方を見直してみたり向きあってみようかと考えさせられましたね。

 

世の中を動かすような大層な事とは無縁な身だけれども、人がもっと自然に生きられたり、いろいろ認めてあげられたり、笑って楽しく過ごせるようになればいいなとは真剣に思います。

 

「人を裏切ってもいい!」とか「どんな罪でも許せ!」とかそんな馬鹿な話じゃなくてですね。

楽しむことに躊躇があるとか、幸せになることに後ろめたさがあるとか、苦痛を伴わなければ努力じゃないとか、もうそういうのやめようぜと言いたいところ。

 

現実はいつだって辛いからこそ、「現実は甘くない!」なんて思考停止するより、少しでも人が生きやすく良い世界に変わっていってくれれば嬉しいわけです。

 

先に待つのが挫折、不幸、絶望、破滅なのではあまりに救いがなさすぎる。

 

繰り返すようですが、せめて音楽ぐらいは人の味方であってほしい、人生の糧になるものであってほしいと願います。

 

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