断捨離・手放すポイント 楽器探しについて考える (11)

断捨離ポイント

 

 

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実際に弾けるのは一本

 

キャラがまったく異なる楽器を使い分けたり、万が一のトラブルを避けるためのサブ楽器を用意するにしても、結局、自分の体で演奏できるのはその一本だけ。

 

スタンドとか固定したり、即座に切り替えて使うなんて話でもない限り、曲中に何本もの楽器を使用するなんてことはほぼ無いでしょう。

 

身ひとつで数本のベースを同時に自在に使いこなすとか、高度に実現したら確かに凄くはありますが、まぁ正直、超高確率で悪ノリやネタ感の方が勝ってしまうように思います。

 

『断捨離』

 

この言葉を聞く機会が増えてきたような気がする昨今、自分自身、楽器の所有について色々と考えたり、疑問になることが増えてきました。

 

・使わない楽器を所有している事に何の意味があるのか?

・新たに手に入れそして手放す事をずっと繰り返すのだろうか?

・小物で消耗して肝心の大物を逃がしたらどうするのか?

 

年々、物欲の方よりもそんな心理の方が強くなってきた為、買い物に対する動きが鈍くなるのはもちろん、ネットサーフィンもしなくなったり、楽器屋へ行く機会も激減してきた次第。

 

消費すること自体が快感になってしまうとか、楽器に対して悩む苦しむことが楽しみになっているなど、そんな心理状態は怖いものです。

 

「ストレス解消目的で本当に良い楽器が選べるのだろうか?」

 

そんな疑問も湧きますし、楽器が欲しくなる手放したくなる心理には、そういった深刻な問題も実は根底にあるのかもしれません。

 

一本あればそれで十分

 

自分の場合、ジラウドのブラッククラウドがメインの座について以来、その地位が揺らぐことも迷うこともなくなりましたが、それまでは本当に酷かったですね。

 

「これ最高!」

俺はこいつで行く!」

「もう買わない!」

 

こんな言葉を確実に10年以上は繰り返し使ってきたと思いますし、実際、2年と持たなかったものがほとんど。

 

今のベースを使ってもう8年になるとか、我ながら考えられなかった話。

 

元々、楽器に対しあまり愛着を持たない人間なので、ある意味、手放すのは得意とも言えそうです。

 

もちろん、ちょっと心に残るものが存在するのも本音ですが、でも基本的にはやっぱり、そんなに尾を引かないタイプですね。

 

ふと何か思い出しても、「そういやあれ良かったなぁ・・ ま、いっか」で大体終わります。

 

その気持ちの切り替えを早くしてくれるのが、

 

『絶対のメインベース』

 

この存在なんじゃないかと感じるところ。

 

他の楽器が欲しくなるにしても、同じタイプのものは絶対に買わなくなる為、それだけ厳選した買い物がしやすくなりますし、それもまた簡単には手放さなくなります。

 

メインの座が中途半端だったり、自分の中での理想や基準、価値観が出来上がってないから、使う楽器についてあれこれと悩むのでしょう。

 

「これを手放したら人生が終わる!」

 

そんな一本でもない限り、手放したって実は大したダメージなんか残らないものだったりするんじゃないかと。

 

完全オーダーメイドでベースを3本作ってもらったこともある身ですが、それを手放したことによって人生が狂ったとか演奏生命が断たれたとか、そんな致命傷など一つもなかったです。

 

迷いも言い訳も減ってむしろ、演奏が遥かに良くなった感すらあったり。

 

経験上、楽器に対する愛着なんてのは意外なぐらいに脆いものだと思います。

逆に、そうやって手放す気にまったくならない一本を持っているのならば、それは本当に幸せなことですよね。

 

それ以外については本来、手放すことに対して悩む必要すらないとも言えるのかもしれません。

 

キャラ被りの複数所有は無駄

 

たとえばの話、同じタイプ・仕様のジャズベースを3本持ってるとか、自分としてはそれは無駄にしか感じられないところ。

 

「この微妙な差が大事!」

「こっちは僅かに〇〇向き!」

「なんか違うんだよ!」

 

まぁ、こういうのは些細な問題、どうでもいい気すらします。

 

同じジャズベでも、渋さと味わい全開のパッシブとライブ重視のアクティブを使い分けるなんて話ならともかく、まったくの同仕様とか似た感じのものを複数所有しているとか、不毛なだけではないかと。

 

前述の話とも繋がるようですが、実際に弾けるのが一本だけなら、本当の意味で弾きこめるのも一本だけなはず。

 

楽器は弾きこむほどに音が良くなる、いわゆる『エージング』を信じている身としては、余計にそう考えさせられるところがありますね。

 

分かる人には分かる話ですが、弾く時間が分散してしまうと残酷なぐらいにその鳴りに差が出てしまったりもするのが現実。

 

エージングを信じないにしても、その楽器の特性を把握しきれなかったり、深い理解にもたどり着けないとか、それが良いこと楽しいことだとは自分には思えません。

 

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個性派は出番もなかったりする

 

「こいつでしかこの音は出せない!

 

そんな独自の素晴らしい音色を持つ楽器。

 

ハマった時には恐ろしいほどの力を発揮する堪らない魅力があるものです。

メインとの使い分けの意味でもこういう楽器の存在は強いですよね。

 

その一方、冷静に考えてみるとそれだけアクも癖も強かったり、汎用性がないことを意味しているようにも思えるところ。

 

堅苦しいだけの楽器選びなど面白くも何ともないのも確かですが、現実問題、「それで全部やれ!」と言われたら、ひるんでしまう楽器というのがあるわけです。

 

自分が所有しているベースで言うならば、『W-BASS』なんかはそういう楽器かもしれませんね。

 

弓で弾けたりウッドさながらの音が出せたり、こんなリッチで素晴らしいサウンドのエレクトリックベースは他に存在しないと思う一方、「もうこれ一本だけでいい!」とは踏み切れません。

 

どんなに極上の音色を持っているのだとしても、自分が使うには決してメインにならない楽器だと認識しています。

 

でもそれだけの魅力があるからこそ、まったく手放す気にならずに済んでいますし、二度と手に入らない可能性がある意味でも、今のメインベースと同じぐらい大事に思えるのでしょうね。

 

これで中途半端な魅力だったら、とうの昔に手放していたことでしょう。

何の出番もないであろう個性というのも虚しい話です。

 

「いつか使う日が来る!」

 

なんて手に入れた楽器がそのまま何の活躍も見せずに終わるとかよくあること。

絶対的な存在でもない限り、意外と一本で問題なくいけるもの。

 

つまらない欲や見栄で消耗するのは、なおさら面白くない話。

 

愛機が見つけるまでは遠慮なく手放す

 

ちょっと矛盾している気もしますが、まずはとにかく本数を弾かないことには自分を理解するのは不可能なんじゃないかと感じる次第。

 

・自分にとって何が良いのか悪いのか?

・何が合うのか合わないのか?

 

これを把握することが大切。

 

どんなに世間が認めてようが、尊敬するミュージシャンが絶賛してようが、それが自分に当てはまらないなら価値はありません。

 

「あの人が良いって言ってるから・・」

「この値段・スペックで悪いはずがない・・」

 

こんな寂しい楽器選びはしたくないものです。

 

それだったら自分自身で探し回って、

 

「もうこいつしかねぇ!」

 

と、強引にでも縁をつくりに行ってしまう方が余程に現実的で価値的。

 

それが見つかるまでは大層な愛着など持とうとせず、遠慮なく手放してしまっても良いんじゃないかと。

 

いきなり理想を手にできるとか、人生の答えにたどり着けるとか、それを求めるのはちょっと都合が良すぎるって話ですよね。

 

「白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる!」みたいなそんなメルヘンな展開、運命の出会いを期待したり求めるのは現実的ではない。

 

そんなことがあったとしても、それは良い運や縁を自分で引き寄せられる人の話。

 

「求めたら勝手に来る」

 

その点については、自分も何となく持っている実感があったり。

 

それだけの失敗を重ねてきたのも本当のところですが、その失敗と別れ、出会いがあったからこそ、自分が欲しいものが理解できたと感じます。

 

まとめ・雑談

 

楽器を弾く理由も所有する理由も人それぞれですし、その楽しみ方も千差万別というもの。

正論だろうと何だろうと、他人がとやかく言うなんてのは余計なお節介って話ですよね。

 

「そんなの使わねーしいらねーじゃん!」

 

なんて説教をされてもムカつくだけだろうなと。

 

ただまぁ、

 

「何を使ったらいいか分からない・・」

「自分の好みが分からない・・」

「楽器選びに実は自信がない・・・」

 

みたいな感じの人を見ると、どうしてもモヤモヤしたものが湧いてきてしまいます。

 

正直、「これじゃ何を買っても駄目だろうな・・」なんて思ってしまいますし、値段やスペックに価値を見出す傾向があるならば、余計に道は遠のくのではないかと想像。

 

楽器に対してそんなに愛着なんて持たなくてもいいと考える一方、何も理解しないまま安易に手放すのもどうなのかって疑問になります。

 

それで結局、楽器のことも自分のことも分からないままなんてのは悲しい話ですし、もうちょっと真面目に一本一本に向き合った方が良いんじゃないかと言いたくなるかもしれません。

 

何も研究・分析もせず、ただ手に入れてただ手放すというだけでは、それこそ消費自体に快楽を得る行為になってしまうのではないかと自分は考えるところ。

 

上手い買い物をしたいのであれば、それだけ勉強・上達を目的に投資した方が正解だと思います。

 

もし何も得られなかったとしても、

 

「何も得るものがなかった!」

 

と、これを学習することが可能。

縁がなかったとバッサリ切るのも楽になるはず。

 

一番まずいのはとにかく認識が漠然としていることでしょうね。

欲しい理由も手放したい理由もよく分かってないんじゃ先に繋がらない。

 

「金に困った!」

 

これは凄く分かりやすい話ですし、逆に潔いとも言えそうです。

 

「これ以外もういらん!」

 

こういう姿勢になれているのであれば、なおさら正解な気がします。

 

一方、

 

・何か欲しいけど使うか使わないかも分からない

・持ってる物は似たり寄ったりでどれが好きかも決められない

・手放しても問題ないけど何かもったいないから決断できない

・楽器を買うのも飾るのも大好き!

 

など、こういう感じだと買うにも売るにも高確率で苦労するはめになるのではないかと。

 

「あれもこれも良く見える・・・」というのが正解とはとても思えません。

 

不毛な買い物をやめたいのであればやはり、真剣に選んで真剣に弾いた方が絶対に身になるし先にも繋がるでしょう。

 

一生をかけられるほど真剣に入れ込める楽器を見つけられるか否か、逆にそこまでの思い入れを持たないのであれば、徹底して実用的なものに落ち着くのが良いんじゃないかと。

 

どんなに高級だろうが凝ったハンドメイドだろうが、音的にも機能的にも量産品で代用できるのであれば、そこに大した価値など存在しない。

 

手放すことについて悩むような楽器は高確率で手放しても問題ない楽器ですね。

その選択肢が出ている時点で絶対の存在になるとは思えません。

 

残酷なようだけど普通に替えが利いてしまうか、存在も薄くなるか忘れていってしまうはず。

 

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