【ベース談義】 太い音の出し方を考える (4)ブラック企業みたいな弾き方をやめる

太い音の出し方とブラック企業

 

こき使われるのは末端

 

いつの時代でも何の世界でも同じでしょうね。

上層が酷いと苦労するのは末端だと思います。

 

「もっと太い音出せや!」

「もっと速く弾けや!」

「リズムずれたら〇すぞ!」

「だらだら休んでんじゃねぇ!」

 

なんて感じに指先もさぞ酷使されていることでしょう。

 

太い音を出す方法について尋ねても、

 

「てめぇで考えろ!」

 

こんな風に冷たく突き放されたり、丸投げされることも珍しくないと想像します。

それで無責任になれるならまだしも、必要以上に結果を求められるから辛い。

 

まぁほんと、気合や根性で音が太くなる、それでどうにかなるって無茶苦茶を押しつけられているのが、末端である指先のような気がするところ。

 

大本がガタガタでも困る

 

大本の方からして非生産的で無謀なことをやってるんじゃ困ります。

 

末端の甘い汁を吸うどころか、全てにおいてロクな成果が出ず全員が消耗していくだけとか、なんとも地獄絵図。

 

たまたま何かが上手くハマったり、偶然に成果が出るなんてこともありそうですが、それもしょせんは一時の話でしょう。

 

そのまま成長も持続もできなかったら、遅かれ早かれ潰れて消えそうな運命。

 

そして、現実というのはいつだって残酷なもの。

その「たまたま」すら起きずに終わることがほとんどだと思います。

 

無理難題を末端に押しつけ、それで太く良い音を得ようという姿勢には限界がある。

 

大本に基礎も体力もない。

おまけに指示や姿勢も悪い。

それでは末端も自由が利かなくなって当然

 

生産性もなく場当たり的なことばかりやっていると、悪循環を起こして身動きできなくなっていくだけというものではないかと。

 

演奏=肉体労働だからこそ

 

どんなにホワイトに勤めたところで、肉体を使って働く以上、ある程度の消耗は避けられないものでしょう。

 

だからこそもっと的確な指示を送ったり、皆が働きやすいように協力していくことが大切になる。

 

末端である指先はどうやったって必死こくしかないのかもしれませんが、せめて、より自由に存分に力を発揮できるにしてあげるべきなんじゃないかと思います。

 

全部指先だけで何とかしろ!」

 

こういう弾き方をするのではなく、もっと大きな力を活かすことを考えるべき。

 

・より自然に動きやすいように全身をリラックスさせる

・指も付け根の方から動かす意識をする

協力しあって長く強く指を使う

 

こうすることにより、音は確実に太くなっていきます。

 

もっと言えば、全体のフォームを見直すことの方が先決でもありますね。

大本の体力や姿勢が整っているほど、それだけ余裕も生まれてくるでしょう。

 

・猫背で顔やあごを前に突き出し首をかたむける

・肩が揃わず肘は突っ張り手首もひねる

・眉間にしわを寄せ歯を食いしばり目を細める

 

ありがちですが、こういったフォームで弾くのは本当に危険です。

楽器演奏に限らず、体を壊す元になります。

 

肉体は乗り換えがきかない

 

・さんざん無茶をやらされ酷使される

・ダメージだけが溜まって成果が出ない

・その報酬は結局カスみたいな音

 

こんななんじゃやってられません。

 

しかし現実問題、末端にだけ負担を強いるような弾き方をしていてはこうなりがち。

結果が出なくて当然、リスクばかりが重なっていってしまうものではないかと。

 

そこから指が駄目になるにせよ、体が駄目になるせよ、危険なのは同じ。

消耗しきれば再起不能になってしまう可能性もあります。

 

大袈裟ではなく、演奏というのは肉体の酷使と隣り合わせ。

弾き方が悪いと本当に心身共にむしばまれていきます。

 

「才能がない・・・」とすぐ諦めてしまう人なども、実のところは同じようなものなのかもしれませんね。

 

満足な生活や希望に繋がる対価や報酬を得られず絶望。

心を壊してしまった結果、そうなるのだとも考えられるかもしれません。

お金にならないなら尚更、喜びや楽しみがなければと続けるのは困難。

 

そして生身の肉体の最も恐ろしいところは、

 

「この会社ダメだわ!」

次だ次!」

「切り捨てて当然!」

 

と、乗り換えることが不可能な点。

 

めちゃくちゃにブッ壊れてしまっても、一生付き合うしかない。

それをなんとか立て直してやっていくしかありません。

 

繰り返すようですが、重い怪我をした場合、下手したら本当に再起不能です。

冗談でも誇張でもなく、演奏や音楽生活に悩んだ結果、命を絶つ人はいます。

 

実際、自分の恩師の一人は自ら命を絶ってしまいました。

世界的にも希有な演奏家だったと思いますが、その結末はあまりにも悲しかった。

 

身体に問題はなくとも精神が壊れてしまっていたのか、もはや知る術はありません。

 

太い音や演奏の楽しさという報酬を得る

 

・成果が出るから楽しくなる

・楽しいからやる気にもなる

・もっと上を目指そうともなる

 

そういう実に単純で分かりやすい話なんですが、ま~、何なんでしょうねこの世の中?

 

奴隷のように扱われることに慣れきっていたり、下を見て生きるべきなんて精神が染みついているのが当たり前だったりするから怖い話。

 

他者に無償の奉仕を強要したり、果てには「俺が苦労したんだからお前も苦しむべきだ!」とか足を引っぱろうともするというね。

 

そういった実に馬鹿げた価値観がいまだ強く残っているように感じます。

 

新しい何かを提示してみればすぐに宗教やオカルト扱い、異端であると弾圧しようとしたり、そんなことも決して珍しくはないでしょう。

 

非常に短絡的で創造性も生産性もない、古く凝り固まった危険な思考や思想が蔓延しているように感じるところ。

 

楽器探しやエフェクターにハマるのもいいんですが、それが場当り的な消費とか浪費に快感を得ようとする行為だったりしたら、ちょっと問題ですよね。

 

果たして健全な状況なのかどうか、疑問が湧いてしまいます。

 

「どうしたら太い音が出せるようになるのか?」

 

この目的・課題に対し、自分自身がブラック企業さながらの指示を体に送っているのではどうにもなりません。

 

それに乗じて下請けがさらにその下請けを虐め続ける。

こき使って消耗させるとか、まったく笑えない話。

 

頑張ったら頑張った分、その報酬と喜びを得られる、それを素直に認められる、そんな健全な世の中を目指すつもりで太い音を出すことを心掛けると変わるはず。

 

指先だけ使ったり悩んでないで、もっと大きな部分とも協力しましょう。

そうやって視野も広げていけば、音もそれだけ良い方向に変化していくでしょう。

 

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