ベースと左手 (8) 速く滑らかに弾きたいなら指は動かさない方が良いんじゃないかって疑問

ベースと左手 (8)

 

 

脱力の権化・リチャードボナ

 

個人的にそんな存在だと感じているのがこの人。

 

ま~、ボナさんのあのプレイを見て、

 

「力みすぎ!」

「緊張しすぎ!」

「指バタバタ!」

 

こう認識する人は皆無でしょう。

 

高速なフレーズでも恐ろしいほどスムーズに弾き切ってしまうこの御方。

根本的な身体能力、瞬発力、とにかくものが違う印象を強烈に受けます。

 

しかし、そこで話が終わってしまっては面白くありません。

やれ天才だなんだ、それで済ましてしまうのはどうなのかと疑問が湧く。

 

そんなわけでここは一つ、自分なりに考察をしていってみたいと思います。

 

高速フィンガリングと脱力の源

 

なぜ、あんなプレイができるのか?

それを考えてみたところ、

 

「そもそも指をあまり動かしてないのでは?」

 

こう疑問になった次第。

 

「いや、めちゃくちゃ速く動かしてるだろ!」

 

と、ツッコミが来そうなこの話。

普通に考えて、そりゃそうだとなります。

 

しかしです。

 

瞬発力のあるサウンドを求める為、速いフレーズを弾く為、それを実現するのに指自体を激しく動かそうとする行為。

 

それは実は、矛盾なのかもしれないとも思うんですよね。

 

その強い意識や行動、それが力みの元になる可能性も高い。

無駄な暴れやバタつきを生む原因にもなってしまうんじゃないかと想像するわけです。

 

たとえばです。

 

・ボナの50m走のタイム

・こっちの100m走のタイム

 

これを比較して考えてみてください。

 

この際、ボナのタイムを100mに照らし合わせてとかやってはいけません。

50m走と100m走、これをそのまま比べてみることが重要。

 

要するに、

 

『そもそもの条件が違いすぎている』

 

これが現実なのではないかと考えます。

 

もう少し具体的に言うと、

 

・指と弦との距離をつくりすぎている

・指が弦に触れるまでのタイムロスがある

・押さえる以外の力と動きを必要にしすぎている

 

こういう非常に不利なことをやってしまっているんじゃないかと。

 

押弦の工程を省く

 

たとえば、薬指や小指が弱い人の場合。

 

勢いをつけて押弦しようとしたり、そのためにやたらと指を弦から離してしまうなど、そういったことなどがあるかもしれません。

 

しかし、それでは当然、前述の100m走側の人間になってしまうでしょう。

 

振りかぶったり、助走をつけたり、とにかく力を溜めようとする。

でも本来、そんな一生懸命に弦を押さえ付けようと頑張らなくても良いはず。

 

「スッ・・」

 

と押せばそれで押弦はできるもの。

 

乱暴に弾くためにガチガチに固定したいならともかく、ネックと指と弦、これらに過剰に力を加えようとする必要はありません。

 

それならやはり、そんなに無理をして指を動かそうとする必要はない。

 

いざ音を出すのに、

 

【反動を付けるために指を遠くに離す→弦に近づける→弦に触れる→弦を押す→音を出す→音を切る→指を離す→反動をつけ・・・以下ループ

 

こんな複雑な工程を必要としているようでは非効率になって当たり前。

そりゃ演奏が大変になるし、音が滑らかになるわけもありません。

 

・最初からほぼ弦に触れている状態

・押弦も即完了

・瞬時に移動も可能

・好きに音を出して切ってそれを繰り返す

 

こうやって工程を色々省いているからこそあんなプレイが可能になるんじゃないか?

 

一つ、想像してみた次第です。

 

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100mと50mの違いどころじゃ済まない?

 

弦高が強烈に低いということもあるとは思いますが、そこはあれです。

ボナって人は恐らく、どんな楽器でも異常なレベルで弾きこなしてしまうでしょう。

 

道具のクオリティやセットアップに重点を置いて見るのはちょっと通用しなそう。

 

まさしく、

 

『弘法筆を選ばず』

 

こう呼べる存在。

 

とは言え現実を見るに、弾いてるのは弦高が超低そうなフォデラ。

しかも、ライトゲージの使用がメインという話。

 

なんでも超一流に弾けるであろう一方、本番ではこうやって自分用に特化させた楽器を使うわけです。

 

こうなると50m走と100m走どころの比較じゃないかもしれません。

 

10m走とか1m走?

 

それぐらいの差が生まれている可能性も考えられます。

 

・こっちは必死こいて100m走る!

・向こうはちょっと足を広げて終わり

・結果は向こうの圧勝

・反則でも何でもない

 

これが現実でしょうかね?

 

cm単位で指が離れてしまうというのも大げさな話ではない。

バタバタ暴れるとはそういうことなのかなと。

 

パーカッシブに打音を出すならともかく、緊張と力みの産物、思い描く理想とは程遠い状況になっているのでは笑えません。

 

弦と指との距離、その重要性。

これについてより強く考えさせられるものがあります。

 

ボナのような人はmm単位の動きで済ます運指をしているのだとしたら、それはやはり、比較になるわけがない。

 

指のスタート地点

 

「いかに速く弾くか?」

「瞬発力のある音を出したい!」

「もっとスムーズになれば」

 

こう意識した場合、

 

『指のスタート地点』

 

これについて研究した方が効果が出るだろうと考えます。

 

右手にせよ左手にせよ、大きく弧を描くような弾き方、遠回りをしているのは無駄と言えば無駄。

 

その動きをなくすだけでも、効率が驚くほどに上がる可能性があるはず。

 

無駄のないスピーディーなフィンガリング、脱力。

それを心掛けるのであればやはり、指と弦が近い位置にある方が良いに決まってます。

 

何も考えず意識せず、

 

「才能には勝てない」

 

こんな思考停止をするのはいかがなものか?

やれるべきことが沢山あるんじゃないかと猛省するところ。 

 

教えない・考えないでは納得できない

 

何も考えないのが純粋で素敵だの、努力根性で全部なんとかなるとか、やっぱり、そんなこと言ってる時代じゃないですよね。

 

繰り返すようですが、

 

「そもそも物が違う!」

 

こうやって安易に済ましてしまうのは反対です。

そこには必ず理由があるはずだし、それを研究することにも意味がある。

 

「どう速く動かすか?」

 

この一つのテーマにしても、

 

「何も考えるな!」

「全力で走れ!」

「遅い奴はやめろ!」

「弱者に道はない!」

 

みたいな、クソ体育とか部活みたいなノリで終わらせてしまうのは、あまりに愚か、退屈の極みってもんでしょう。

 

その考え方だと本当、先天的な身体能力のみの世界と勝負になってしまいます。

そこで何も考えず競い合おうとしたって、自分なんかじゃどうにもなりません。

 

「才能ない・・」

 

これで済ますと楽器って生きてるのが超つまらなくなります。

 

一方、

 

「苦労」

「努力」

「根性」

 

こういう言葉も嫌いですね。

それに過剰な幻想を抱くのも抵抗がある。

 

理屈っぽいだのなんだの言われようが、弱者がそれを捨てたら一生弱いまま、諦め続けるしかないだけ。

 

試行錯誤して楽しみ、それで少しでも上手くなれるのであれば万々歳。

ブログだろうが何だろうが、それで1mmでも進める、ほんの少しでもヒントになるなら最高じゃないかと。

 

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