続・黒人のグルーブ云々についての話とベース

Chicのグルーブ談義

 

雑誌記事にあったナイル・ロジャースとジェリー・バーンズの話は非常に興味深いものでした。

やはり、グルーブを生み出すための研究というのを相当にやっている印象。

 

曖昧な話に終始するのではなく具体的な解説もありましたし、どうグルーブするかだけでなくグルーブしないベースについての話までしていたり、かなり濃い内容で面白かったですね。

 

その中でも、ベースを弾く身から見てかなり印象的だったのは、「タッチミュートもリズムとしてカウントしている。このタッチミュートこそがグルーブを奏でる鍵でもある。」という話。

 

「天然・才能」なんて言葉で済ますにはあまりに無理がある内容だった次第。

「理屈じゃねぇ!」って理屈のなんと役に立たないことかと。

 

裏を具体的に感じるには

 

先日も話した通り、「裏を感じろ!」なんてことがよく言われている世の中。

 

それをただ頭の中で意識して済ますのではなく、そのポイントをしっかり認識して弾くということが本当に重要だと思います。

 

音程を出さないちょっとしたノイズの様なサウンドだったとしても、それが有ると無いとで聴感的にも体感的にもぜんぜん違ってきたりするんですよね。

 

このあたりについては、ジェームス・ジェマーソンの真似をして1フィンガー奏法なんかをやってみると分かりやすいかもしれません。

 

例えば、16分の裏伯に人差し指爪側のアップストロークを入れ、頭を通常のダウンストロークで弾いてみる。

 

本当、それだけで意外なぐらいニュアンスが変わってくるように感じます。

 

指一本で弾くなんて非効率なようだけど、グルーブのことを考えるならばむしろ、こっちの方が効率的な方法になったりもするんですよね。

 

ダウンビートとアップビートの役割をはっきりさせる意味でも、1フィンガーはかなり具体的にポイントを突ける奏法と言えます。

 

タッチミュートを意識する

 

タッチミュートを入れるのは同一弦に限らず、低音弦の方から裏を加えて弾いたり、高音弦の方からレイキングで弾いてみたり、それを意識するだけでも変化が生まれてくるはず。

 

バンドの中ではそんなに聴こえないような音であっても、そのちょっとしたタッチがあることでしっかりとリズムを認識できたり、シンプルなフレーズであってもグルーブを感じることができるようになる。

 

「溜め」だの「揺らぎ」だの、そういったニュアンスに関してもタッチミュートを加えることで具体的に認識しやすくなり、それだけ表現もしやすくなってくるかもしれません。

 

「ゴーストノート」なんて言ったりもしそうですが、このタッチミュートによるニュアンス作りとグルーブ作りというのを研究し始めると本当、驚くほどに自分のベースプレイが変わってくるんじゃないかと。

 

ミュートサウンドについてなんて散々語られていることでもありそうですし、今更な話と感じる人もいそうではありますが、それだけに、良いタッチで確実に実践できるようになる意味は想像以上に大きいものだと思います。

 

何気なく聴いていた音源でも、「あ!こういう事やってたんだ!こうやってグルーブ作ってたんだ!」と具体的に認識できるようにもなってくると、ベースを弾くことも聴くことも別物のように面白くなっていくでしょう。

 

ファンク・ソウル、グルーブのお手本

 

実のところ、自分はソウル・ファンクなどにぜんぜん興味がない人間だったりしました。

タッチを鍛えようと意識し出してから、このジャンルに少しずつハマっていったような気がします。

 

たとえば、以前はまったく聴かなかったダニー・ハサウェイのライブ盤。

 

これが今では最高の一枚になっていたりしますし、ここでのウィリー・ウィークスのベースなんてのはもう、グルーブベースのお手本みたいな存在。

 

タッチミュートの話にしてもそうですが、以前は聴こえてなかったサウンドやニュアンスが発見できるようになればどんどん面白くなっていきます。

 

ベースのことが分かってくるとマジで超すごい名盤として輝きだしますね。

そのサウンドもグルーブも気持ち良くて堪らなくなる!

 

Live

黒人だから!で終わらすのは勿体ないしつまらない

 

「黒人にしか出来ない!日本人には無理!」なんて思考停止したり、美味しい要素から何から放棄するというのはあまりにもったいない話。

 

そりゃ、根本的には真似の出来ない深い領域ってのがあるのも確かだとは思いますし、言語から文化から何からそういった全ての要素があってこそって話にもなってくる。

 

でも、それを言いだしたりそれで諦めるならそもそも、「日本人はギターなんか弾いちゃいけません!」みたいな馬鹿な話にもなっちゃうじゃないかと。

 

極論すれば、「黒人が電気楽器弾くなよ!」なんてクソすぎる酷い話にもなってしまう可能性だってあるし、そんなアホな話あるかいなとツッコミたくなる。

 

「日本人にブルースを弾く資格はない!」だの「グルーブするなんて不可能!」だの、そんなどうでもいい洗脳みたいなものは捨てるべきと言いますか、そんな考え方をしても人生つまらなくなるだけでしょう。

 

「黒人のグルーブは!」なんてあまり幻想を抱かず、それがどうやって成り立っているのか、どうやって作られているのか、もっと具体的に真剣に考えていっても良いはず。

 

豪快で荒っぽそうなイメージとは裏腹にものすごく丁寧に一音一音しっかり弾く、びっくりするぐらい細かい音符まで実は認識している、そういう人がいても決して珍しいことではないかもしれません。

 

優れているものには優れているだけの理由があるわけですから、そこを探っていくことが無駄とは思いません。

 

な~んも考えずしたり顔でくさすようなおっさんとか評論家の意見なんぞどうでもいいし、まぁ、クソの役にも立たないでしょう。

 

好きなら好きでいいじゃないか、やりたいことやって楽しけりゃそれでいいじゃないかって話ですね。 

 

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