ベース・楽器・物事の継続 (2) やる気・モチベーション依存 その危うさと疑問

人間は弱いもの

 

尋常じゃない出世欲、明確な目標とその実現の為に動くなど、そういったエネルギーが人を突き動かすのは事実。

 

一方、そういった気持ちに依存するのも怖い気がするところ。

 

何をするにも精神的な動きに極端に左右されてしまうようになると、行動のすべてが重くなったり、無駄に疲れることも多くなるように感じます。

 

20年以上も楽器を弾いているとやはり、やめていった人達というのもそれなりに見てきました。

 

情熱に満ちていたり燃えてることをアピールしているような人ほど、気持ちが切れた時には意外なぐらい弱くなる印象もあるから不思議なもの。

 

それに頼っていた分、驚くぐらい無力にもなる場合があるのだから皮肉。

 

・気持ちの流れが来ないと満足に作業できない

・無理に鼓舞しなければ行動できない

・実は楽しくも嬉しくもないことを自分を騙しながら続ける

 

これはかなり危うい不安定な状況なんじゃないかと疑問になる次第。

 

重症になってしまい、

 

・やる気やモチベーションがないこと自体に不安を抱く

・気持ちばかり優先してネガティブになって焦る

・必要以上に考えすぎたり完璧を求めて動けなくなる

 

こんなことになったらそれこそ本末転倒かなと。

 

そんなに使いたいかモチベーション?

 

『モチベーション』

 

この言葉をやたらと聞くようになったのはいつ頃からなのか?

それもちょっと気になるところ。

 

スーパーアスリートとか第一線で活躍するような人達。

彼らが己の限界や進退に悩んだ状況などで使うのなら分かります。

 

自らを限界まで追いこむような状態を長く続けるというのは本当に至難の業。

肉体の面だけではなく、尋常ではない精神的なエネルギーも必要とするでしょう。

 

一方、普通の暮らしレベルの話やちょっとしたことをするにも「モチベーションが」とか言われると正直、違和感しかないような?

 

気分のせいにする言い訳の常套句として、

 

『モチベーション』

 

この言葉が使われてしまっている印象も強い。

 

前にやってたバンドで笑ったギタリストの台詞。

明らかにやる気のないリハで放った言葉をいまだに覚えています。

 

「やる気はあったけど・・・」

 

「モチベーションが上がらなかった」

 

衝撃的でした。

 

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やる気がなくても物事は続く不思議

 

「やる気なさそう

 

なんてよく思われる身であるわたくし。

 

実際その通り、周囲に伝わる分かりやすい熱い気持ちにやる気など、そんなものは自分の中にはなさそうです。

 

しかしまぁ、それで意外と物事が続いてしまったり、楽器も上達してしまったりするのだから、人間とは不思議なもの。

 

変な話、このブログにしても精神的なエネルギーに依存していたら、とても続いてなかったでしょう。

 

ちょっと極論なようではありますが、

 

・異常なテンションで燃えてるのが平常運転

・特に意識せずともやる気がある状態が普通

・無理に鼓舞せずとも自然と上に行けてしまう

 

こういう人達はまた別種と言いますか、そんな領域を基準にして考えるのはどうなのなかって話ですよね。

 

そんな超人を引き合いにするのはそもそもおかしい。

モチベーションの有無の段階で苦悩したり自分を卑下するのも不毛。

 

それで人生を楽しめくなったり、喜びを人に依存するようになるとか、自分的にはそういうのは勘弁かなぁと。

 

他者のモチベーションの低さに絶望したり引きずられたり、それで己を見失ったりするのもどうなのかなと思いますよね。

 

燃えるような情熱と一時の喜びが忘れられず、

 

『やる気至上主義』

 

こうなってしまうのも怖いところ。

 

言うまでもなく、な~んの反応もない無感情・無気力がいいってことではありません。

もろく揺れる気分的なものを絶対視、神聖視するのはどうなのかという話ですね。

 

『モチベーション』という言葉を手に入れたことで弱くなっている人も多いんじゃないか?

 

そんな疑問が湧いた次第です。

 

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