縦振動のタッチの研究 (16) ベースサウンドとグルーブへの影響

縦振動のタッチ (16)

 

 

曖昧なまま放置されてよいものか?

 

「グルーブなんて感じるもんだ!」

「理屈じゃないんだよ!」

 

なんて言われたいり困惑するのはお約束。

答えもなくずっと悩み続けることも珍しくないんじゃないかと思うこの世界。

 

実際、そうとしか言えないものなのかもしれないし、いくら考えようと理想的な答えなんて出ないのも確かなところ。

 

ただもちろん、本当にそうなんだろうかと疑問を持つところはあるし、気合だ根性だと無闇やたらに努力を強制するようなのもどうなのかと。

 

すべて感性だの感覚だの言うのは退屈になる話。

 

しまいにはあれです、

 

「才能の問題!」

「日本人には無理!」

 

こう片付けてしまうとか、ただの思考停止だと感じるところ。

 

少なくとも、

 

「音が全然聴こえてこない・・」

「抜けてこない・・」

「低音が遅れる・・・」

 

こういった悩みを方向も分からない努力の問題だけで解決することは難しいでしょう。

 

楽器の問題じゃない?

 

(10)の方でも話したように、ナチュラルに遅延があるようなシステムは考えもの。

それで不要に苦労したり悩んだりすることが良いとはとても思えません。

 

すごく真面目で練習熱心だとしても、それが裏目に出ることなども考えられます。

 

出音がイメージしてるポイントとずれたままなのに、それを正確にキープとか守り続けるとかちょっと笑えない話。

 

それに対して自分を誤魔化し、

 

「これは高級で良い楽器なんだ!」

「悪いのは自分なんだ!」

「実力が付けばなんとかなる!」

 

こんな風に自虐的になったり、原因も分からぬまま問題を放置したり、そうなると一つの悲劇なんじゃないかとすら思えてきます。

 

「理屈も楽器も関係なく無意識にグルーブしてこそ!」

 

これもそりゃ確かに理想ですが、明らかなレベルで楽器の選択や練習の方向性が誤っているのはまずいでしょう。

 

なんでも感覚の話で済ませてしまうというのは乱暴なノリとしか言い様がない。

 

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グルーブとは天才のみに許されるもの?

 

楽器が人の為にあるのならば、

 

「選ばれた人間にのみ許される!」

「超絶に鍛え上げた人間の特権!」

「凡人にはたどり着けない!」

 

グルーブという存在がそんなものではあってはならないでしょう。

 

そんなもの『楽器』としては、そもそも欠陥があるだろうという話。

 

音楽そのものはもちろん、そのエピソードにも幻想を抱きすぎな面とかって絶対ありますよね。

そういう大袈裟だったり、極端な話を基準にするのはいかがなものかと。

 

話をひっくり返すようでもありますが、グルーブに対して過剰な幻想や方法論を持ちこむのも一つにはどうかと感じるところではあります。

 

「裏が大事!」とか「とにかくドラムを聴く!」とか「固有のタイムが!」など、様々な話があるけれど、こういう話にピンと来る人ってそんなにいないんじゃないかと想像。

 

分かりやすい音の立ち上がり、人が純粋に良いと思うであろうサウンドなど、意外とそういう部分が語られないのが変な話に感じたり、個人的にも色々と疑問な次第。

 

思い通りのタイミング で音を出せるようにする

 

「何をするにもスピードが大事!」

 

こういったことをずっと話してきましたが、自分の感覚や動作、実際の出音など、そこにタイムラグや時間的な狂いがないようにするのは、非常に重要なポイントだと考えます。

 

・特に複雑に考えることもなく出したいタイミングで自然に音が出せる

・音が埋もれず無理に音量を上げずとも存在感をアピールできる

 

こうなった方が絶対に演奏は楽になるし、単純に楽しくもなります。

 

これを分かりやすく実現したいならやはり、立ち上がりの速い楽器、低音が鈍臭くない方がベースとしては望ましく思えるところ。

 

そしてもちろん、タッチが最重要なのも言うまでもありません。

 

縦振動で弾ければ低音も遅れることなく立ち上がってくるようになります。

楽器もそれに答えてくれるなら、それだけでグルーブに対する条件はかなり良くなるでしょう。

 

「問答無用で反応が悪い楽器と高速にしっかり答えてくれる楽器」

「そのどちらが扱いやすいか?」

 

考えるまでもないですし、悩む必要もないんじゃないかと。

 

好みの世界なのも確かですが、速いことを求めているのに遅いもので苦労していては、ただの非効率か矛盾というもの。

 

理解があって遅いものを選ぶのは分かりますが、ただやみくもに選択することが正しいとは思えません。

 

エフェクターにハマったり、それで音づくりを追及するのも良いけれど、その結果、音が引っこんで抜けなくなったり、遅延が酷いなんて事態になってしまっては本末転倒。

 

そんなことでずっと悩んだり、あれこれと考えながら弾くのは辛い。

 

ちょっとタッチを良くするだけでも、楽器が高速に応えてくれるならその差は歴然。

驚くほどに演奏もサウンドもグルーブも変わるものです。

 

加えてレスポンスの良い楽器とシステムにすれば、さらに良い方向に変化することも十分に考えられます。

 

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機材にこだわるのは恥ではなく当然の話

 

良いタッチを身に付けようと思うのであれば、逆に機材面から揃えてしまうのも普通に有りではないかと。

 

非効率に悩み続けることが正しく格好いいなんて話はないでしょう。

 

「道具を選ぶなんて軟弱!

「そんな甘えは邪道!」

 

なんて反感を持たれそうなところですが、そもそものレスポンスや音抜けなど、そういった要素についてもっとちゃんと議論された方が良いだろうと自分は考えます。

 

その意味では、音色的な面からアクティブやパッシブを語るのはどうでもいいし、アンプにどんなキャラを持たせるかどんな機能を持たせるのか、そういう話にも興味が湧きません。

 

基本特性がめちゃくちゃだったり、音が引っこんでるところからスタートとか、その時点で無理がありますよね。

 

もっと根本的な部分を見直すべきなのになぜだか、それは贅沢だのオカルトだ宗教だと騒いだりもするのだからおかしな話。

 

試行錯誤を許さない、思考停止することを推奨するという、その思想や姿勢に大きな疑問を抱きます。

 

縦振動のタッチでベースは変わる

 

縦振動を身に付けようとして気付けることは本当に沢山あります。

 

今まで憧れていたものに疑問を持ったり、まったく価値を感じなくなったり、自分みたく、環境が一変してしまう可能性だってあるかもしれません。

 

ものすごく遠回りしていたことにも気づきましたし、無駄な投資も多かったと反省しますね。

ベースの魅力も面白さも全然分かってなかったと落ちこむものまでありました。

 

「人生が変わった!」

 

なんて言うと、ものすごく胡散臭かったり、宗教臭く見る人も出そうな気がしますが、でも本当のことです。

 

タッチやシステムが良くなってベースを弾くのが楽しくなれば当然、得るものは沢山あります。

それを否定してどうなるのか、何か得するものがあるのかと逆に不思議になるところ。

 

実際にやって結果が出ているのだから、そこに何も疑問が湧かないのは当然の話。

 

確かに、縦振動のタッチを習得してもグルーブするとは限りません。

完璧なシステムを用意してもそれで全て解決するなんてこともないと思います。

 

そもそも、ベース視点からだけで考える話でもなく、追及していけばどこまでも深い領域なのは確実。

 

だからこそ、『成果が出ているもの』が貴重になるわけです。

 

「理屈じゃない!」って理屈とか、「弘法筆を選ばず!」なんて思考停止はうんざり。

 

理に適ってないであろう道具や奏法で頑張るのはしんどいです。

それを努力と根性の問題で済まそうとするのには抵抗がある。

 

タッチを良くするとかシステムを見直すとか、具体的にできることが必ずあるし、その上でさらに練習を積んで演奏した方が絶対に良い結果を得られますね。

 

「リズムが悪い・・」

「グルーブしない・・」

「これが弾けない・・」

 

自分も含め、多くの人達が抱えるであろう悩み。

 

それもやっぱり、どうにもならない酷いタッチと楽器でやってたら、そりゃ苦戦して当然って話ですよね。

 

もっと現実的に問題を認識していきたいなと。 

 

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良い楽器と環境の重要性

 

たとえばの話、「スラップでどうも良い音が出せない」とか「アタック感が弱い」など、そういった悩みがあるとしましょう。

 

こういう場合、自分がおすすめするのはやはり、ジラウドベース。

先日の話に出てきたフルチューンの楽器を弾いてみると良い。

 

レンジの狭いしょぼいベースアンプで試すのでは駄目です。

ワイドレンジに高速で鳴らせるちゃんとしたシステムで弾いてみるべき。

 

それで手応えがなくとも、そこではっきりした原因を見つけることはできるでしょう。

今度はその問題点に向き合って練習すればどんどん上手くなっていくはず。

 

大した変化も起きない、どうにも鈍重で抜けてこない。

そういうものを使ってしまっていることはやはり、大きな問題です。

 

「スラップってこんなに気持ちいいのか!?」

 

こういう感覚を知るだけでも絶対変わってきますね。

 

それと同様、タッチもそうやって鍛えていけばベースは本当に面白くなってくる。

それこそ、理屈抜きにグルーブすることも可能になるかもしれません。

  

良い音・聴こえてくる音って、それだけで十分な武器になります。

結局、それが基本であり大切なことだとも思います。

それを理解することで、演奏もより音楽的なものにもなるんじゃないかと。

 

グルーブに悩むというのは、演奏があまりに『苦行』になりすぎているからなんじゃないかと一つには考えますね。

そういう意味では、「日本人には厳しい!」と言われるのも、意外と納得できるところではあったり。

 

根性や気合など、それが大切になる場面も確かにありまうすが、楽器や音楽に対する認識が苦行のようなものになるのはどうなのかと、あらためて思い直すものがあります。

 

演奏に対する厳しさが必要とはいえ、苦しむこと自体が目的になったり、そこに美意識や価値を見い出そうとすることに意味はないでしょう。

 

そういった力みや姿勢が演奏をグルーブから遠ざける可能性も高い。

もっとシンプルに良い音を出す方法、楽に音を出せる方法を見つけていくべき。

 

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