スピーカーのエージング オーディオ=綺麗じゃ分からない世界

スピーカーのエージング

 

自分でやって目の前で実感

 

色々な意見があることだと思いますし、喧嘩してるような人達もいるかと想像。

科学的根拠がどうとか、そういう話にもなってきそうなのかなと。

 

自分はと言うと、スピーカーにもエージングは有効だと認識しています。

と言うか、スピーカーこそちゃんと鳴らさないと駄目だと考えている次第。

 

こちらも楽器のエージング同様、気のせいではない変化を実感しています。

 

ド新品のスピーカーなら本当に数時間弾くだけでも変わるんじゃないかな?

実際、最初はまったく良いい音がしなかったスピーカーが見事に変わったことがあります。

 

あの変化を気のせいとかオカルト扱いで済ますのは、逆に無理がありますね。

自分で自分を洗脳、耳がおかしいって話になっちゃいます。

 

綺麗事では済まない楽器の世界

 

あるとないで極端に意見が分かれるそうなエージングについて。

 

ここで一つ思うのはあれです。

楽器とオーディオを同じに考えるのは無理じゃないかってこと。

あまりに条件が違いすぎるんじゃないかなと。

 

お互いどこまで参考にすべきなのか、ちょっと微妙な気もしますかね。

 

たとえばの話、実際にベースを鳴らすとしましょう。

 

・極太弦を低音フルブーストしてバカスカ叩きまくる

・ジャリンジャリンのバッキバキにして弾く

・容赦ないセッティングとサウンドで長時間鳴らす

 

オーディオ機器でこんな扱いをしている人はほぼいないんじゃないかと想像。

 

もちろん、オーディオ界にも無茶な方法はあるのかもしれません。

自分が無知である自覚もあるのが本年。

 

しかし、楽器の世界ではその無茶なことが平然として行われるものだと考えます。

 

その無茶によってユニット自体の寿命を著しく縮めている可能性もありそうですが、一方、ちょっとした事でスッ飛んでしまうようではお話になりません。

 

ま~、アンプとスピーカーにとって過酷な世界だと言えるでしょう。

 

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綺麗なだけじゃ分からない世界がある

 

めちゃくちゃが常な楽器の世界。

特にエレクトリックギターベース。

 

でも本当、楽器の実際の音を知らなかったり、アンプによる大音量を聞いたことがなかったり、それで「エージングはオカルト!」とは言って欲しくないところ。

 

低能率なスピーカーをちまちま鳴らしているだけでは分からない話ですねこれは。

 

ベースという楽器は特に再生が難しいから厄介です。

単に低い音を出すだけでなく、強力な歯切れの良さも求められます。

 

倍音も豊富、下から上までしっかり高速に再生してくれないと困りますし、レスポンスの遅れなくズドン!と音が出るものが気持ちいい。

 

スペック上レンジが広いだけなんてものでは、気持ち悪くて弾いてられません。

 

楽器と自分の手とアンプ、それが直結しているような状態が理想的ですね。

 

高級=綺麗で大人しいはおかしな話

 

楽器の音をそのまま鳴らすことに注力するのであれば本来、オーディオも同じように活き活きした音であってほしいように感じます。

 

元々の演奏とはかけ離れたものになってしまうのはあまりに悲しい。

そんな傾向にある高級機器などは自分はまったく欲しいと思いません。

 

ゆえに、お高いオーディオ機器みたいになっている楽器もどうかとなる次第。

 

・ダイナミクスが希薄

・誰が弾いても同じような音

・小奇麗な音しかしない

・大きな音だと全然迫力がない

 

こういった傾向にあるものだとやはり、エージングも実感しづらいかと想像。

それを後付けのよく分からない方法で解決しようというのも苦しい話でしょう。

 

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楽器とオーディオ 理想も到達点も実は同じではなかろうか

 

オーディオにしても楽器にしても結局、理想とする方向は自分の中では同じですね。

 

そのままドカン!と気持ちよく出てくれれば、それが一番良い。

そしてそれを実現するにはエージングが必要だと認識しています。

 

でもこれって特別なことでもなんでもないと思うんですよ。 

音を出してひたすら楽しめばいいんだから話はシンプルです。

 

これほど金もかからず合理的な話もありませんよね。

 

完璧なエージングを短時間で実現しようとかそういうことを求めたりするから、話が変にこじれるんじゃないかって感じます。

 

好きなものを使い続けた結果もっと良くなった、もっと音楽が好きになったという、それでいいじゃないかって話。

 

だからほんと、そこにつけこむような怪しい商売なんか放っておいて問題なし。

楽器もスピーカーも気に入ったものと気長につきあうのが健全で楽しい。

そうすることにより、自分の好みや基準もだんだんと出来上がっていはず。

 

不自然な短期戦を求める方向には感心できません。