ベースソロの難しさ・物足りなさを感じる理由について考える

音色の強さ

 

「管楽器や歪んだギターに対抗できるベースソロの音色」

 

そんなことを考えたり問われてみると、実に答えに困るところではないでしょうか。

 

独断と偏見で言うならば、その手の楽器って基本的にうるさいんですよね。

 

それこそ、耳に痛いぐらいの音が平気で出てくるし、下手な人間が弾けばとても聴けたもんじゃない音にもなってしまう。

 

一方、だからこそ人間に突き刺さる、ダイレクトに来る音でもあるはず。

 

うるさい一歩手前か完全にうるさい音、それを音楽的にコントロールするというのが、ひとつの上手さなんだろうなと感じるわけです。

 

そのギリギリを攻められるプレイヤーというのはやっぱり、人に印象を植え付ける術、記憶に残らせる術を心得ているのかもしれません。

 

ギターで言うならば、ジェフ・ベックなんかはそんなイメージですね。

 

恐らく、他の人間が弾いたら聴けたもんじゃないピーキーなセッティングの中、超かっこよく音楽的にギターを操っているんじゃないかと想像する次第。

 

要するに攻めてるのだろうなと。

 

ベースでそういう、耳に痛いかどうかってぐらいのセッティングにしてめちゃくちゃ格好良いソロを弾くというのは、なかなか実現できることではありません。

 

ベースソロにおける攻めのセッティングとサウンド、プレイとは何かと考えさせられるところ。

 

ベースソロの悲しい現実

 

基本的な役割というものを考えた場合、そんな耳に入りやすい高いところばかりを強調してたら邪魔で仕方ないのがベースって楽器の性。

 

歌やギター、管楽器等とまともに音域が被ってぶつかってしまうようなベースサウンドなんてのはまぁ、よっぽど上手く使わない限りは鬱陶しくなるだけでしょう。

 

とは言え、「いよいよベースソロだ!もう自由だぜ!」と意気込んでみたものの、その瞬間にバッキングが超薄くなったり、スッカスカで寂しい印象にしかならないなんてこともざら。

 

ほとんどの場合、バンドで自分以外にベースはいませんからね。

 

他の楽器にベースラインを弾いてもらうというのもなんか間が抜けていたり、それらしい感じにならないから困る話。

 

今までの音とはまったく別物のサウンドにしたらしたで変に浮いちゃったり、音楽的な根拠や必然が薄れてしまったり、そういう事態も決して珍しくはないはず。

 

そもそも、「ここには絶対ベースソロ!」という場面をつくるのもなかなか難しいですよね。

 

大体の場合、「じゃあはい、一応、ベースにも見せ場を用意しておくからね」って感じにスペースが空くだけって感じになるから悲しい。

 

自分も正直な話、そんなに「ベースソロかましたい!」ってタイプの人間ではありませんし、やるにしてもシンプルなコード進行で弾く方が嬉しいところ。

 

その方が助かるし、複雑な進行の中でバリバリに弾きまくるというのは、あまりに厳しいと言わざるを得ません。

 

そんな中、ベースソロの必然性を感じるほどの音色と説得力、そして感動的なフレーズの両方を構築・実現していくというのは、並大抵の話ではないと痛感する次第。

 

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スラップに行くのは物凄く分かる

 

充実したボトムと強烈なアタック、サウンドのインパクトと見た目の説得力、ベースならではのオリジナリティの主張とそのグルーブも狙った場合、必然的に『スラップのソロ』という選択肢が出てくるものかもしれません。

 

ま~、ベースソロでスラップやりたくなるのってめっちゃ分かりますよねほんと。

これだけ「あ!今ベースが主役なんだ!」って伝えられる奏法とサウンドもありません。

 

問答無用で主張できる、見た目とサウンドの迫力で圧倒できる、お客さんにも分かりやすく伝えられて楽しめるなど、誰でもひとつはスラップソロのパターンをつくっておくと便利で助かるはず。

 

お祭り感とか問答無用感を出すには最高の奏法とサウンドになりますよね。

 

ただ、あまりにも音として分かりやすかったり、リズムの主張が強くなってしまう為か、「ここでスラップは・・・」みたいなことにもなりがちなのが難しいところでしょうか。

 

一発物やらペンタトニック系のフレーズとかには良いですが、メロディックな方向に行けば行くほど、スラップならではの迫力も魅力も薄れていく面がありますし、正直、あまり格好いい音にも聴こえなかったりしますよね。

 

「ドゴッ!」

「ズギャッ!」

「ジャギーン!」

 

という響きなら格好いいけど、 

 

「ぺい~ん」

「んぬうぺ」

「ぺぺっぺ~い」

 

って感じばかりで続くと何か間が抜けてしまう。

 

後、個人的に困るのが、いとも簡単に『劣化マーカス』への道が開かれてしまうのが困るポイントだったり。

 

ぜんぜん意識してないのに、「うおぉ・・これマーカスくせぇ・・・」ってなっちゃったりするのが辛いんですよねぇ。

 

4弦の開放をバカスカ鳴らすパターンだと、ラリー・グラハムやルイスジョンソンなど、そのへんのノリにもなってきてしまいますし、パターン被りしやすいのがスラップの難点でしょうかね。

 

親指と人差し指のコンビネーションという、その分かりやすさ故の悩みどころなのかなと。

 

結局どうしたものか?

 

ベースソロというのは本当に難しいですね。

 

その音色の追求をすればするほどベースとしては使い物にならなくなったり、曲から変に浮いてしまう事態にもなったり、鉄板サウンドとプレイで行くと完全にキャラ被りしてしまったり、何が正解なのか答えがなかなか出せないものだと感じます。

 

「ソロになったらPUはリアに!」ってやると『いかにも感』が増し増しになりますが、それを良しとするかベタでつまらないとするかは何ともかんとも。

 

前述のように、『そもそもの必然性』というものを持たせるためにはどうしたらよいのかという問題もありますし、その魅力がなければ真に魅力的なベースソロというものは成立しないのかとすら思うところだったりも。

 

そういう意味で個人的に衝撃を受けたのはチャーリー・ヘイデンですが、ただ、もっと強烈なサウンド下でのアンサンブルで欲しい音かというとまぁ違うよなと。

 

ソフトで美しい音、重々しく重厚なサウンドを追及するというのも良いんですが、前述のような感覚的にまずい・やばいってぐらいのポイントを攻められるベースプレイヤーというのはほとんど存在していなそうですよね。

 

心当たりがあるとするならば、ライブでのジャコなのかな~とは想像します。

 

ジャコの音ってフレットレスとしては相当に硬質な印象がありますし、実際、大体の音源を聴いてもコロコロしてたりパエ~ンとしてたり、ベースとしては軽い方向の音に聴こえますよね。 

 

でもだからこそ、人の耳にも聴こえやすくフレーズも入ってきやすかったり、また、強く記憶にも残るのではないかと思うわけです。

 

そして恐らく、ライブでの実際のサウンドはさらに強烈で主張してくるものだったはず。

たぶん、相当ギリギリのポイントを攻めていたんじゃないかなぁ。

 

で、それを音楽的にまとめることができた理由として、そのバランス感覚やセンスはもちろん、強烈で自在なタッチがあってこそのものなんでしょう、

 

安易にそのままジャコの真似をするとけっこう悲惨なことになりますもんね。

 

も~、ただ軽いだけ邪魔なだけって感じになっちゃうし、タッチもセッティングも貧弱だとぜんぜん主張できないし、「勘違いベーシスト」って感じで終わっちゃう。

 

ギリギリのポイントを攻めてなおかつ、ベースサウンドとしてもグルーブも成立するって半端な話じゃありません。

 

ジャコだってそれがどこでも出来るかというとそうじゃないだろうし、自分が主張する場所をどう見つけるか、または周りがそれをどう作ってくれるかというのも本当に重要だと感じる次第。

 

人生の初期衝動にすらなる超強烈なベースソロとそのサウンド。

いや、それは一体どんなものなんでしょうね?

 

低い方に行くか、高い方に行くか、果たして?