ハズレの外食 高級な楽器・凝った楽器に対する疑問

ちょっと贅沢しようと思ったら最悪な目に

 

先日、「たまには高めの回転寿司でも試してみるか!」と食べに行ってみたところ、ま~ビックリ。

 

いつもの安い回転寿司の方がはるかに美味しかったという悲劇に見舞われることに。

 

職人がちゃんと握っていたり、高級ネタがあったり、それが自慢なのかもしれませんが、ぜんぜん調和してないと言いますか、ただ寄せ集めただけって印象。

 

肝心のシャリはベチャベチャしてるし、醤油は甘ったるい自社製のものしか置いてなかったり、本当にただ高いだけでまったく美味しくない。

 

一皿頼んで出てくるまでに十分以上もかかったり、全てにおいて損をした気分です。

 

その職人にしても、衛生に気を使ってるのか何なのか、変なマスクを付けて大声出してたり、手袋をして寿司を握っていたり、何じゃこりゃとなった次第。

 

そんな姿を客に見せるぐらいだったら職人自慢なんかやめりゃいい気がしますけどね。

 

「ウチはちゃんと握ってます!」ってのが売りなんでしょうが、誰が見ても気分のいいものではないだろうにと。

 

贅沢しようとすると何故かはずれる

 

この回転寿司店とはまた別件ですが、ちょっと高級なハンバーガーの店が近所にできたということで行ってみたら、ま~、これも信じられないぐらいの大はずれ。

 

大して混んでないにもかかわらず、出てくるまでになんと40分ぐらい待たされるはめに。

肝心のハンバーガーはと言うと、完全に冷めてるし、ボリュームもまったくないと来ました。

 

そして何より、根本的に「まずい」と来て最悪。

 

肉本来のうまみを引き出すってコンセプトなのか知りませんが、下味が薄いのかソースも弱くていいってことなのか、味付けに大失敗してる印象。

 

肉の臭みは酷いわ、野菜と味がバラバラだわ、パンの方とまったく調和してないわ、こんな酷いまずいハンバーガーは食べたことがないってぐらい、ぶっちぎりでワーストに輝く代物。

 

軽く絶望を感じましたねほんと。

 

王道の安心感

 

それを考えるとまぁ、 定番だったり大手ってのは、やっぱり商品としてよくできているのだと、あらためて納得させられるかもしれません。

 

期待以上ってことはないけど、高い確率で無難に済ますことができる。

 

で、この話、工房系の変な楽器や高級なコピー品などにも当てはまるような気がした次第。

 

厳選した木材やら変わった材料を使用したり、とにかくあれもこれもと詰め込もうとしても、「結局フェンダーでいいじゃん!」って話になったりもするから、何とも微妙で難しいものです。

 

フェンダーでなくとも量産のジャズベやプレベなど、ちょっと良いものを買えば十分に使えるクオリティを持っていたりしますし、「職人のこだわりって一体・・」と悲しくなる。

 

このあたり、『パッシブベースと上達の思い出』でも触れましたが、100万円ぐらい使ってみた結果、ただのフェンジャパが一番良かったなんて現実は本当に笑えません。

 

職人のみならず、「弾き手の楽器へのこだわり」ってのも何なのかと考えさせられますね。

やれ木目がどうとか、俺だけの音とか個性がどうとか、変にこじらせると大抵はろくなことがない。

 

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楽器はやっぱり楽器であってほしい

 

失敗を恐れるあまり、好奇心・冒険心が無くなるのも確かにつまらない話ですし、「知らないからこそ強い!」という面も多分にあるとは思います。

 

レオ・フェンダーの名を出すのであれば、彼がもし、歴史に名を残すような楽器奏者であったなら、今日のエレクトリック楽器は逆に存在していなかったのかもしれません。

 

一体、どうやってあんな楽器を作れたのか、もはやオーパーツ的な何かを感じるところですが、それが音楽への無知や無探求ゆえだとしたら面白い。

 

一方、そもそもの味覚が育ってないとか、美味しいものを知らないってのも、それはそれでやっぱり大問題。

 

特に今の時代、もはやエレクトリック楽器の基本形というのが出来上がってしまっているようにも思えますし、そこを切り崩そうというのは歴史的な革命を起こすのと同様と言えそうな気もします。

 

「楽器」であることを忘れているようなものも多いこの世の中、もっとシンプルで根源的な部分に響くような存在が出てきたら面白いのにと感じるところ。

 

キワモノ・ゲテモノにはせず、エレクトリックベースという存在を実用的に極限まで削っていったらどんな楽器になるのか、ちょっと興味が湧きます。

  

少なくとも、ハイポジションの音色ばかりを気にするようなものは、自分には必要なさそうかなと。

それが本当に「ベースの可能性」ってやつなのかと疑問になる次第。