演奏方法をもっと言語的に細分化や表現化できないものかと考えてみる

縦振動だろうが横振動だろうが、音が太かろうが細かろうが、叩きつけようが優しく弾こうが、指先で弾こうが付け根を動かし弾こうが、ぜんぶ含めて『2フィンガー』。

 

よくよく考えると、こんな乱暴な話もない気がするところ。

 

例えばの話、日本語で一人称を挙げる場合、

 

【僕、私、俺、自分、余、拙者、小生、おいどん、わし、わたくし、あーし、あたし、自分の名前】

 

などなど、色々存在するものだと思います。

 

海外がどうなのかは知りませんが、日本語独自のものだと考えた場合、非常にユニークではないかと感じるところ。

 

にもかかわらず、「指弾き」とか「2フィンガー」なんて、そんな淡泊な一言で終わらせてよいのかと、やはり疑問になります

繊細に弾くにも乱暴に弾くにも、同じ言葉でまとめてしまうという、これって実はどうなのかと。

 

これまた例えばの話、縦振動がぜんぜん身につかないとか、音が細い人の場合、

「指先曲げひっかけこすり横弾き」

なんて感じの弾き方をしているんじゃないかと想像します。

 

一方、縦振動の場合、

「弦垂直おしこみ圧力がけ指しならせ付け根高速弦抜き弾き」

 なんて感じになるかもしれません。

 

まぁ、とりあえずの思いつきによるテキトーな話の為、この言い方が正解か的確か、それはまったく考えていませんが、でもやはり、前者の弾き方に比べたら後者の方が、音の太さも指の使い方も明らかに変わるのではないかと思うところ。

 

スラップにしても、日本語化されてないのが何だか不思議な気がします。

あれもある意味、「指弾き」であるはずなのに、そう認識したりそう呼ぶ人がいないであろうというのが面白い話。

 

そりゃ、「親指回転打撃奏法」なんて言い方や解釈がいいとは思いませんが、ラリー・グラハムやルイス・ジョンソン、マーカス・ミラー、ヴィクターウッテンなど、そういったプレイヤーの弾き方をぜんぶひっくるめて「スラップ」で済ますのは、これもあまりに乱暴な気がしますし、言葉的にも淡泊すぎるように感じます。

このへんもやはり、言語として細分化してみることで、動作や表現力が自然と変わってくるのではないかと想像する次第。

 

先日、「縦振動が宗教くさいって?なんで縦か横か絶対どっちか選ばなきゃいけないって話になってるの?そっちの方がおかしくね?」みたいな話をしましたが、考えてみるとそう言う人ってのは、それだけ視野が狭かったり極端なイメージしか出来ないのではないかとも思うところ。

それこそ「2フィンガー」と言ったら、それを一種類の弾き方でしかイメージできなかったり、音色も一つに限定しようとしたり、そんな捉え方をしているのかなって。

 

そうなるとむしろ、すぐに「信者だ!宗教だ!」と騒いだり拒絶するような人の方が、排他的一神論な思考や、カルト的な価値観に染まっている気がしますし、柔軟性の欠片もない頭になっているようにも感じるような?

 

だから、「縦が絶対!」とか「いや横だ!」とかそんな発想で止まってしまうのかもしれませんし、もしくは考えるのが面倒で思考を放棄してしまったり、そこから進むことができないのかなと。

そして、あまりにも奏法の言語的細分化や表現化が成されていないんじゃないか?そう感じる話でもあるかもしれません。

 

皮肉を言うのであれば、「弦垂直押し込み横引っ張り斜め抜き弾き」とかそんなタッチで弾いている人も世の中には存在するんじゃないかと思いますし、「縦か横か?」なんて、そんな二元論で楽器を演奏する方法をまとめてしまうのは、言葉としても価値観としてもまぁ、あまりにつまらなく窮屈に思えてなりません。

 

「太い音」を出したいと考えたとして、ただ闇雲にイメージの世界に頼って指を動かそうとするか、それとも、どう指を動かすのか弦を扱うのか、それを言語として細分化・詳細化して挑んでみるか、それで絶対に違いが生まれるんじゃないかと想像するところ。

 

少なくとも、縦振動のタッチを身につけしようとした場合、先程の「指先曲げひっかけこすり横弾き」では絶対に実現不可能だと思いますし、「指先ひっかけ弦横側こすりどんそく弾き」みたいなことをやってても無理でしょう。

 

やはり、「垂直」とか「押しこみ」とか、そういった言葉が鍵になると思いますし、「高速」「指しなり」とか「付け根弾き」など、そのあたりもキーワードになる気がします。

「付け根」と言うのか、「第三関節」と言うのか、「中手指節間関節」と言うのか、どれが良いかそれは分かりませんが、そうやって少し調べるだけでも、感覚が変わってくる可能性はあるかもしれません。

 

「指弾き」にしても、「指先だけ弾き」になってないか、「弦こすり弾き」になってないか、「指叩きつけ弾き」になってないか、「指振り上げ弾き」になってないかとか、色々考えることが出来そうです。

 

音的に曖昧なイメージを作るとしたら、例えば、アイアン・メイデンのスティーブ・ハリスの場合なんかは、「鋼鉄弾き」とか「硬指打」みたいな感じでしょうか?

やはり、金属感や打撃的なイメージが湧くはず。

 

そして、それと同じような方向のことを自分なりにやるとしたら、もうちょい重くにぶく、「ハンマーフィンガー」って感じでやりたいところかもしれません。

「暴力弾き」とかだとさすがに行き過ぎか、ちょっと違うものになってしまいそう。

指弾きをするからにはやはり、「指」って文字は入れたくなりますし、「重打指」とかそんなノリで弾きたいかなと。

 

こうして出したい音を言葉にしてみるのは面白いものだと思います。

とりあえず「指弾き」「2フィンガー」では、個性もクソもない印象ですし、単純につまらない気がしてしまいます。

 

「この世で自分だけの音を作りたい!」ってのは、漫画の必殺技を編み出すのと同じような感覚かもしれませんし、何かしらの変な言葉でも付けて呼んでおけば、意外と本当に音が変わってくる可能性はあるんじゃないかと。

 

例えば自分の場合、修羅の門が好きなので、縦振動とかは「虎砲奏」とか名付けて、そのイメージで練習していったら、なんか音が変わりそうに思えます。

「ショットガンスラップ」とか言ったら、何か、マーク・キングあたりが想像できそうな気がしますし、安易でもなんでも、そういったイメージづくりをするのは悪くないような?

 

日本語というのは、細かな表現をするのに便利なのは間違いないはずなので、そういった言語を駆使した奏法の表現ができないものなのか、もっと読んでいて面白い奏法の解説などはできないものだろうか、それを研究していくのも意外とありなんじゃないかと。

 

とにかく上手くなりたい、イメージ通りに体を動かせるようになりたい、太い音も繊細な音も自由に出せるようになりたい、その為にどうするか? どんな言葉をイメージして実現すべきなのか?

そこでほんと、「才能」とか「センス」なんて一言で終わらせようとか諦めようとしたら、そりゃ上手くいくわけがないし、絶対に楽しくもならんでしょうと。

 

「バ~ン!って弾いてドーン!だ! グッときてズバーンだ!」

 

なんて話をすると、いかにも感覚派だったり、役に立たない説明のように思えてしまいますが、何も考えず感覚的に曖昧にあれこれ迷ってるよりは、言語として表現する力も伝える力も強かったり、実のところ、具体性は遥か上のようにも思えるかもしれません。

 

「この曲は指弾きでお願いね~。」と指示されるのと、「この曲はバーニングツヴァイフィンガー指びきにしてくれ!」って言われるのでは、弾き方もサウンドも絶対違ってくるはず。

 

まぁ、困惑も避けられない気はしますし、実際、本気でわけの分からないノリの人っていると思いますが、しかし、そうやって言葉として相手に意図を伝える力って案外、そんな感覚派みたいな人の方が持ってる可能性はあるのかもしれません。

 

『言霊』なんて言葉がありますが、これの力ってのは絶大だと思います。

 

「わ、わたし、病気かもしれない・・・」

「おれ、もうだめだ・・・」

「糞だわ人生・・・・」

 

なんてずっと言い続けてると、本当におかしくなってくるはず。

自己暗示なんて言ったりする事もありそうですが、悪い方向へ働かせた場合、言葉って、生命を脅かすぐらい危険なものにもなる印象。

 

と言うことは、逆に、その恐るべき力を利用しない手はない気もするところ。

 

このブログで長く触れている縦振動にしても、それを具体的に実現するには、どんな言語化をした弾き方をすべきなのか、自分なりに考えていきたい次第。

 

「指弾き」「スラップ」「ピック弾き」「タッピング」

 

ベースの弾き方をこうやってまとめてしまうと、とても淡泊で寂しく思えます。

 

それと同様、「魂だ!」の一言でまとめたり、「理屈はいらねぇ!」って理屈を振りかざしたり押しつけたり、そういうのもどうなのかって気がします。

それって話としても言葉としても、面白くも何ともない答えなんじゃないかと。

その一言に重みを持たせ、納得もさせることができるのは、よっぽどの特別な人だけでしょう。

 

野生児みたいな人かと思ってたら、普通にスケールの解説をしてたり、機材の説明もしてたり、グルーブについても真面目に具体的に考えていたり、世の中、意外とそんなものかもしれません。

 

言葉や理解が演奏をより良く深いものにしてくれる、そんな考え方があってもいいんじゃないかと。