「人と違う事を!」に対する疑問 それは本当に好きな事なのか個性なのか

人と同じは嫌だ!

 

多弦ベースを弾くのにもありそうなこういう動機。

恐らく、誰でも一度はそんなことを考えるものなんじゃないかと想像します。

 

「本当はこれが良いんだけど・・」

あいつと同じはなぁ・・・」

「みんなと同じってのはちょっと・・・」

 

こんな感じにひねくれる人も多いものかもしれません。

 

ということは案外、みんなそんな思考なのかもしれないと疑問も湧いてきたりして?

 

また、上記のような考え方が染み込んでしまっている場合、結局、他人に左右されてしまっていることになるようにも見えますよね。

 

その結果、自分の価値観や好きなものを歪めたり見失ってしまったら、それこそ個性としてどうなのかなと考えるところ。

 

個性=ひねくれる事なのか?

 

確かに、人がやってないことを必死に探したり追求したり、そういった姿勢があってこその挑戦や開拓なのだとは思います。

 

それで自己を確立したり、誰にも真似できない武器を手に入れたならば、それは本当に素晴らしいこと。

 

一方、ただ安易にひねくれるだけなのが本当にオリジナリティに繋がるのか、真似が嫌だ被るのが嫌だと拒絶することが個性なのか、すごく疑問になるのも正直な話。

 

前述のように、他人のことばかりを気にして自分の好きなものを捻じ曲げるのはおかしな話。

 

そうやって結局、何がなんだか分からない方向に進んだり中途半端になってしまったりしたら、ちょっと惨めな感じにもなってしまうような?

 

ベースの技巧の発展と疑問

 

近年、ベースにおける技巧が異常なぐらい発達している印象があります。

ギター顔負けだったり、独奏でもやっていけるぐらいの表現力を持っている人もいると感じます。

 

ただ、これも前述の流れから言うならば、「人と違う事をやりたい!」という気持ちを動機にそういったスタイルを追及する人が増えているのだとしたら、案外、多くの人が同じ道を歩んでいるんじゃないかとも思ったり。

 

超絶技巧の追求とかソロベースの限界に挑戦とか、一昔前では考えられないような演奏が繰り広げられている反面、意外と同じようなサウンドを出す人が多い気もするのが不思議なところ。

 

特にネット上では似たような動画などもよく見かける印象。

 

超絶スラップやタッピングなどを駆使した物凄いプレイヤーが増えている一方、あまりピンと来ないことが多いのも本音ですね。

 

気にせず好きにやりたい

 

技巧の発展に伴い、さらにとんでもないプレイが当たり前になってくるのかもしれませんし、そういう人がどんどん増えてくる可能性も高いでしょう。

 

これは本当、自分のレベルではとても付いていけないとも思ってしまいますね。

 

しかしまぁ、「自分にはそういう道は無理だなぁ・・・べつにもういいけどね。」なんて諦められるというのも、実はそんな悪くないことなのかもしれないと感じるのがここ最近。

 

前述の通り、他人のことばかり気にする個性の追求なんて何か意味があるのかなと疑問にもなりますし、変に気にせず好きなことやってるのが一番良いんじゃないかと考えるようになってきました。

 

先日は多弦の魅力について話をしておいてあれですが、「ベースの良さってなんだろう?」と改めていろいろ意識させられるところです。

 

「今は普通が普通じゃない?」

「ならば普通こそ異端なのか?」

 

こんな変なことまで考えちゃったりして?