PS4を買ってみて多弦ベースに思う事

つい先日、PS4を購入しました。

 

と言っても、まだソフトは何も持っていませんが、某ポイントがけっこう溜まっているのに放置・失効させるのももったいない為、試しに入手してみた次第。

PS3ですら大してやってないぐらいな身なので、これからさらにその進化具合に驚くのだろうなと感じます。

 

しかしまぁ、こうまで進化したゲームの世界を見るとなんと言いますか、ついていけない人が出てきても何も不思議ではないと感じるのが正直な話。

もはやゲーム機の範疇を軽く超えていますし、実際、アニメとかが公式配信で無料で見放題だのなんだのもできると知って驚愕。

 

そりゃ、今のネットの世界を考えてみれば、「そんなの当り前だろ!」って話かもしれませんが、「ゲーム機はゲームだけをするもの!」みたいな固定観念があるのが自分の頭。

 

「すげぇ時代だなぁ・・」

 

とやはり圧倒されてしまいます。

 

そして、これがどんどん当たり前になっていくのであろうこの世の中。

 

スマホを使いこなすのが当然とか普通の感覚だったり、ネットに情報がいくらでもあって簡単に手にも入る時代。

それに対して変なケチをつけても意味がないよなぁと思ってしまう。

だって、それがあるのが当たり前なんだから、そりゃそれ使うだろ楽しむだろう、子供なんて特にそうだろうと。

 

「携帯電話なんかいらない!」とか「ファミコンこそ至高!」みたいな思想や思い出に浸るのも分かる話ではありますが、もう流石にちょっとズレてるんじゃないかと感じずにはいられません。

 

シンプルが良い、原点だからこそ良い、それは本当に大切な事かもしれませんし、それがあって今があるのも確かだと思います。

しかし、いつまでもそこにしがみついていたり、しかもそれを押しつけようとするのは、残念ながら年寄りのエゴや懐古主義と言うものでしょう。

 

と、そんなことを考えていたら、先日の多弦ベースに対する話と何やら共通したものを感じてしまったかもしれません。

 

楽器を始めたぐらいの頃からすでに7弦ギターや6弦ベースを使っている音楽があった。

フレットレスを駆使するプレイヤーもいた。

3フィンガーやスラップ、タッピングなどのテクニックも存在していたし、映像で確認もできたという。

 

20年ぐらい前でもすでにそんな状況だったわけですから、さらに以前の40年も50年も前のものや価値観を押しつけられても、そりゃ困るよなと。

 

もちろん、素晴らしいものも沢山ありますし、否定のしようがない素晴らしい存在や、その時代ですでに完成・超越していた人物・作品などもあると思います。

そして自分もそういうのが好きだったり、後からその価値に気付いたり、感動したり反省したり、本当に奥深いものだと感じるところ。

 

でもやっぱり、感覚が違って当然だと言うのも確かなはず。

 

本当に好きでそこにこだわる、それを求めるならともかく、操作が全然分からないとか、とても付いていけないとか、それを正当化するのもどうなんでしょうね?

実は興味があるのに意地張って拒絶したり、そんな理由で否定しようとするのはまぁ、あまり格好いいことではないような?

 

変な先入観や凝り固まった価値観でろくに試しもせず否定するのは、正直、よろしくないことだと思う次第。

PS4でも多弦ベースでも、実際やって慣れれば案外、楽しめちゃうものではないかと。

 

ちなみに、友人の家に遊びに行った際、L4Dというゲームをやることになったのですが、「俺、FPSとかこういうゲーム苦手なんだよなぁ・・」なんて思ってたのも最初だけ。

気付けば夜通しどころか昼までぶっ続けでやってるなんてこともありました。

 

一度分かってしまえば普通に使えるようにも楽しめるようにもなる、人間、意外とそんなものかもしれません。

 

あのリチャード・ボナとかも、最初は多弦に否定的だったそうですが、試しに5弦を弾いてみたらそこでもうそれが好きになってしまい、そのままメインにもなってしまったとか何とか。

 

まぁほんと、古いにしても新しいにしても、どちらにも言えるのかもしれませんが、安易に否定してもどうにもならんだろうって気がするところ。

 

ジェームス・ジェマーソンも好きだしジョン・ミュングも好き。

ファミコンもやりまくったし、PS4もこれからやりまくる。

 

そんないろいろ楽しめる人間で良かったなぁ、となんだか思う次第。