ベースアンプが嫌い 

長年の疑問

 

「何でベースアンプってこんなに音悪いんだろう?」

 

とは十代の頃からずっと思っていることですが、今でもその印象はあまり変わらないと言うか、正直、諦めていたりもします。

 

癖の塊でくっそレンジの狭いヘッドはもちろん、いまだにツイーターすら付いていないキャビにはガッカリしますし、実にひどい話だなと。

 

とにかくレンジが狭くレスポンスも鈍重、コンプ感もきつくてタッチもクソもない。

問答無用にケチャップやマヨネーズでもかけるようなその安っぽい味つけに参ってしまいます。

 

本当に勘弁してくれと言いたくなりますね。

 

いつまで冷蔵庫使うの?

 

いくら何でも時代遅れじゃないかと自分は感じるのですが、まことに残念ながら、備えつけやレンタルのアンプが定番のあれってことはよくある話。

 

ってか、ほとんどそうかもしれません。

で、同じくガッカリする人も実は多いんじゃないかと想像します。

 

まぁ、ブリブリしたベースが格好いいのも分かりますし、好きな人にはたまらないのでしょう。

 

あえて立ち上がりや減衰をタイトにしなかったり、アタックをボヤけさせたり一呼吸置いたり、そうすることで独特の重さとか弾力感などが生まれるのかなとは思います。

 

しかし、ベースサウンドもスタイルも多種多様を極めているこのご時世、ああいうのが絶対的スタンダードと言われても、正直、違和感しかない。

 

「フルドライブさせた実力を知らないだけ!」と言われても、爆音でしかその良さが分からないなんてのは困る話。

 

おまけに「ロックはこれなんだよ!」みたいなガチガチの固定観念を押しつけられるのもキツイ話。

 

ロックと言いつつなんとも、

 

「体制保守的主張」

 

だなと。

 

【スポンサーリンク】

 

 

オーディオ面してもしょせんはベーアン

 

一方、その対極のような存在のベースアンプの場合、やたらギラギラした高域を強調したり、ツイーターの癖が強いものなどがよくある印象。

 

しかし、そういう類のものは帯域による分離感がひどかったり、結局は変な低音の出方をしたり、あまり好きになれません。

 

レンジが広いとか解像度が高いと言うよりは、ただ音が硬いだけ耳に痛いだけとか、そんなものが多い。

やはり、ヘッドもキャビも含め、ベースアンプの多くに違和感を覚えます。

 

「PAシステムこそが真実!」とかそんな極論を言いたいわけじゃないし、「もうモニターだけでいいや!」と割りきるのも寂しい話。

 

ちょっとフォローするならば、音楽的にはもちろん、技巧の発展に伴うようにベース用の面白い機材が増えてるのも確か。

 

でも、ハイファイだのオーディオ的だの言ってるやつも、実際はぜんぜん大したものじゃなかったり、CDなんかとても鳴らせたものじゃなかったり、結局はガッカリすることが多いのが現実。

 

「CDとかオーディオじゃねぇんだぞ!」

 

なんて言いたい人もいそうですが、特性が劣悪であることを確認するには、非常に分かりやすい基準になる印象。

 

ベースの世界のハイファイとかクリアーってこんな程度なのかと、大抵がっかりしますね。

 

脱ベーアンのすすめ

 

世の中、ヘッドだけで40万~50万もするようなのがあったりもしますが、評判ほどクリアーでもフラットでもない印象。

 

それどころかむしろ癖が強い気がして、個人的にはいまいち。

 

楽器店で試奏した際、「もっと素直なアンプないですか?」と言ったら、「これがあなたの音なんです!これが最高にフラットなアンプなんですよ!」と怒られたことがあったり。

 

どう聴いても耳に痛いんですけどね・・・

 

そもそも、「ベースはベースアンプで鳴らすもの!」という固定観念も、実は今さらな価値観のような気もするところ。

 

ベースの世界においては「真空管最強!」とか、そんな神話みたいなものは無いんじゃないかと思いますし、マイク録りなども前提としたギター的様式に律儀に合わせる必要もないはず。

 

『ベースアンプ』

 

という枠に納まる商品にはもうほとんど興味がありませんが、考え方や視点を変えたり、もっと声をあげる人が多くなれば世の中変わってくるのかどうか、その点についての興味はあります。

 

「そんなにベースアンプっていいものなのか?」

 

もっともっと疑問に思ったり主張する人が増えていって良いんじゃないかと。

 

少なくとも、「ギターの手下だろ?」とか「ペチペチ叩きたいんでしょ?」みたいな、そんなくだらないキャラを押し付けしてくるベーアンにはおさらばしたいところ。

 

何もせずそのままドカン!と出してくれればそれでええやんけって話。